華やかなラスベガスを舞台に、ひたすら落ちていく2人の純愛
「リービング・ラスベガス」はニコラス・ケイジにとっては重要な映画だ。彼は、この作品で、アカデミー賞の主演男優賞、ゴールデングローブ賞の主演男優賞、ニューヨーク批評家協会主演男優賞、ロサンゼルス批評家協会主演男優賞を獲得している。ケイジは、この作品以降は、立て続けに「ザ・ロック」「コン・エアー」「フェイス/オフ」と大作に出演し、アカデミー賞とは無縁になる。監督のマイク・フィギスは、イギリス出身でミュージシャンでもある。ブライアン・フェリーとともに、ロキシー・ミュージックの前身バンドともいえるザ・ガス・ボードではトランペットやギターを演奏していた。「リービング・ラスベガス」では、音楽も担当している。アカデミー賞では、ケイジが獲得した主演男優賞以外にも4つの主要な賞にノミネートされ、ニューヨーク批評家協会作品賞、ロサンゼルス批評家協会作品賞・監督賞を受賞しており、フィッギスにとっても転換点になる作品だ。映画「ストーミー・マンディ」以来の友人であるスティングは、劇中曲としてジャズのスタンダード・ナンバーを3曲提供したが、製作費がぎりぎりだと知って、ノーギャラで承諾した、と言う。
そして、何よりも劇的なのは、原作の作家、ジョン・オブライエン。彼は1960年生まれで、19歳で結婚して法律事務所に勤務するが、このころからアルコール中毒になっていく。その後、妻とロサンゼルスに移り住み、作家を志して、カリフォルニア大学ロサンゼルス校に入学する。治療と禁酒の2年間を使って書き上げられたのが本作で、1990年に出版されている。なので、ここに描かれているラスベガスは1980年代末ごろと思われる。彼は、出版後、また、映画の主人公のベンのように、アルコール中毒に戻り、映画のように妻と別れる。やがて、映画化の話がまとまったが、その2週間後の1994年4月10日に拳銃で自殺する。
この映画も、「ラスベガスをやっつけろ」同様、主人公のベンは、ロサンゼルスからラスベガスにやってくる。そして、また、同様にストーリー自体はあまり意味がない。ベンは妻子に逃げられた脚本家。性格は優しく魅力的だが、アルコール中毒に勝てず、徐々に生活が破綻していく中、ハリウッドの映画会社を解雇される。妻子の写真やパスポート、描きかけの脚本など全てを家の前で燃やし、退職金を手にラスベガスに向かう。彼は、酒を飲み続けそのまま死んでもいいと思っている。
また、ベンにとって運命の女となる、エリザベス・シューが演じるサラはコールガール(高級娼婦)として、カジノでカモを見つけ金を稼いでいるが、ラトビアからの移民らしいヒモでポン引きのユーリ(ジュリアン・サンズ)に儲けた金を搾り上げられ、些細なことで暴力を振るわれる毎日。しかし、この2人は、何か足りないものを埋めあっているようにも見える。
そんなある日、2人はホテル・フラミンゴが反対側に見えるラスベガス・ストリップの道端で出会う。この後も、この場所は何度か出てきて印象的だ。最初は娼婦としてベンの家に行くサラだが、運命が引き合うように、2人は愛に落ちていく。
この後は、ユーリがどうやら仲間に粛清されたような描写の後、サラの家にベンが転がり込み、幸せな時間もあるが、結局、酒におぼれるベンと、それをあえて止めないサラ。ベンは、カジノで突然、酒のための幻想で大暴れして、出入り禁止。次々と2人は心ならずも、お気に入りの場所から追立られていく。
映画は、ベンの死をもって終わるが、華やかな夢の街に吹き寄せられた、寄る辺ない2人が、破滅的ではあるが、決して悲壮ではない最期を迎えるさまが静かに描かれる。サラの最後の言葉は「2人に時間がないことは分かっていた。でも、彼を変えようとはしなかった」。
救いのない話だが、スタイリッシュな演出とジャジーな音楽、ケイジとシューの品のある演技と、ダメな中の2人の優しさが、ラスベガスを背景に静かに沁み渡る傑作だ。
「ラスベガスをやっつけろ」と「リービング・ラスベガス」は、どちらも夢の街を背景にしつつ、カジノはほとんど出てこない。出てくる人間はみな、ロサンゼルスからこの街に紛れ込んできたような人たちだ。ドラッグ、酒、売春。華やかであるだけに、弱いネガティブな人間も引き寄せてしまう街の深みを感じさせる2作だ。賑やかなIRの聖地、ラスベガスの違う側面を見る事ができる。
ラスベガスで依存症と言えば、ギャンブル依存症だが、ネバダ州法などに基づいて、カジノ・オペレーターは対策を実施している。例えば、依存症患者に対して、カジノを監視・管理する機関であるゲーミング・コントロール・ボードの判断で、入場制限やカジノからの排除制度を実施している(強制ではなく声掛けをし、別室に誘導の上カウンセラーが対応する)。広告についても制限があり、射幸心を煽るような誇大広告は禁じられており、各社のウェブサイトにギャンブル依存症対策への取組みを掲載するように指導している。電話で24時間対応のギャンブル依存症対策ホットラインも設置されていて、本人はもちろん家族からの電話も受けている。あとは、従業員に対して、ギャンブル依存症教育も実施されている。
韓国では依存症の排除が強制だったり、国によっても違うが、日本はカジノが存在しなかったこともあり、逆にギャンブル依存症対策自体が、IRの話が出てきてからスタートしている。IRが明るい側面ばかりではないのは当たり前だが、ギャンブル依存症に対してはしっかり対応してもらいたい。
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【JaIR特選!IRを実感できる映画ガイド】は毎週金曜日にアップします。次回、10月30日は、
「リービング・ラスベガス」のニコラス・ケイジ主演、ラスベガスが登場する「コン・エアー」です。
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