【IR映画ガイド】ラスベガスと深い関係のイリュージョンを学ぶ「グランド・イリュージョン」シリーズ (1/2)

塚田正晃(KADOKAWA)

 早くも連載10回目となる今回は、「グランド・イリュージョン」とその続編となる「グランド・イリュージョン〜見破られたトリック」。言葉のいらない、誰でも楽しめるイリュージョンをテーマにした作品だ。今後のIRの中でも重要なポジションを占めるであろうエンターテイメントをしっかり理解しておくきっかけにしたい…。*ネタばれあり

「グランド・イリュージョン」(2013年 アメリカ)
https://movie.walkerplus.com/mv52855/

「グランド・イリュージョン〜見破られたトリック」(2016年 アメリカ)
https://movie.walkerplus.com/mv60401/

 

イリュージョンとラスベガスは切っても切れない関係

 日本的な感覚で、「イリュージョン」というと大掛かりなマジック・ショーをイメージする。空中浮遊、瞬間移動、胴体切り、大きな動物や車を出したり消したり、あるいは突然人形が動き出したり…これらのマジック・テクニックを組み合わせて、ステージは幻想的にショーアップされる。そしてそれを演じる人を「イリュージョニスト」と呼ぶ。もちろんアメリカでもそのニュアンスは通じるが、大掛かりな仕掛けを駆使するステージマジックも、指先のテクニックだけで勝負するクロースアップマジックも、どちらもマジックと呼ぶのが一般的で、この映画の中でも「マジック」や「マジシャン」というワードが使われている。原題も「Now You See Me」と「Now You See Me2」。直訳すれば「今あなたは私を見ている」という意味だが、それに続く「Now You Don’t(はい、見えなくなりました)」とセットで使われることで、マジシャンの常套句として定着しているセリフだ。BGMの「オリーブの首飾り」のような、反射的にマジックを連想させるトリガーだが、残念ながら日本では通じないので、最もイメージしやすい「イリュージョン」という言葉を使った邦題が付けられたものと思われる。

 いずれにしてもマジックは多くの人を魅了する。常識ではあり得ない不思議なことが起きるのを目の当たりにすることは誰にとっても新鮮で面白い。そしてどうしたらそんなことが起こせるのか…それを考えることはもっと楽しい。何が起きていて、何が不思議で、何が面白いのか。大人から子供まで、見ているだけで誰にでも理解できる。そこに言葉はいらない。非日常の興奮を求めて世界中から毎日たくさんの新しいお客さんが集うラスベガス。話す言葉も年齢も性別も違うが、誰にとっても特別な日なのでいつもより少し多めのお金を使う。こうした環境がイリュージョンを一大エンターテイメントとして育て、磨いていく。不可能を可能にするための大規模な仕掛けを作っても、毎晩大勢の人が集まるラスベガスならビジネスとして成立する。

ラスベガスの人と金の力がイリュージョンの完成度を高めていく
 
 

ラスベガスの街を変えたホワイトタイガー

 初期のラスベガスでは、エンタメの中心はセクシーな美女たちが繰り広げるアダルト・ショーだった。70年代に入るとフランク・シナトラを代表とする煌びやかな有名タレントの音楽ショーが中心になる。そして街がテーマパーク化する90年代、そのきっかけとなるミラージュを作ったスティーブ・ウィンは、当時人気が出始めていたジークフリード&ロイという2人のマジシャンと独占契約を結び、彼らのために専用の劇場を造った。檻の中に入った美女が一瞬で虎に変わる。それも今まで見たこともない白い虎だ。そんな生き物はこの世に1頭なのだろうと思うと、次々に現れ度肝を抜かれる。さらにステージには巨大な象まで出現し、動物たちと繰り広げる2人のイリュージョンは大成功をおさめる。子供も大人も楽しめるラスベガスを代表する人気コンテンツとなり、ホワイトタイガーは街のアイコンになった。ミラージュと独占契約を結ぶ直前の1988年、彼らはバブル期だった東京と大阪で、「ツムライリュージョン」として特別公演を行なっている。イリュージョンという言葉が日本に浸透したのもおそらくこの時だ。

 2001年にはミラージュと巨額の永久契約を結ぶ。が、その2年後、皮肉にも共演者であるホワイトタイガーにロイが首を噛まれて重傷を負う。この事故を機に5,700回以上に及んだ2人のショーは幕を閉じてしまった。彼らと入れ替わるように、同じく言葉を使わないノンバーバル・エンターテイメントの、シルク・ドゥ・ソレイユが街の主役の座を奪う。それでもマジックはベガスの人気コンテンツであり続け、今も大勢のマジシャンが活躍している。中でも圧倒的な人気を誇るのがデビッド・カッパーフィールドだ。自由の女神を消したり、万里の長城をすり抜けて見せたテクニックとそのハンサムぶりがTVで大人気となり、世界で最も稼いだマジシャンとされている。その資産は1,000億円以上とも言われ、歴史的なマジック・アイテムのコレクターとしても知られ、博物館まで作ってしまった。

ミラージュにはジークフリード&ロイの銅像がある
 

映画は全て実現可能なトリックで構成されている

 かなり前置きが長くなってしまったが、映画の話に戻ろう。映画の一作目は2013年の公開。全米から集められた4人の腕利きマジシャンがフォー・ホースメンと名乗り、派手なステージマジック=イリュージョンを展開。衆人環視の中、あっと驚く方法で金を奪う。…と言っても悪い奴から巻き上げて、弱い者に還元するタイプの義賊なので、ネットやTVを通じてたくさんのファンを獲得する。で、敵と戦ったり、FBIに追われたり、過去のしがらみがいろいろあったり…。ざっくりしすぎて映画の魅力を伝えられず恐縮だが、詳細に関しては冒頭のリンクをはじめ、専門の映画情報サイトでチェックしていただくとして、ここではこの映画から学べるIR関連情報をお届けしておこう。

 最初の大掛かりなショーが開催されるのがラスベガス。ここでホースメンが宿泊するのが最新ラグジュアリーホテルのアリアだ。ショーが開催されるのはMGMグランドのアリーナ。ロッキーの回でも紹介した多目的アリーナだが、残念ながら実際にここでイリュージョンが行われることはまずない。なぜならば同じMGMグランドで毎晩マジック界のレジェンドであるデビッド・カッパーフィールドがショーを行なっているからだ。そしてこの映画で話題になったのが、そのカッパーフィールドが監修をしているということ。映画のリアリティを出すために、彼が監修に入り検証し、すべて実現可能なトリックだけで構成されている。そういう視点で観ると「いやいや、これは無理でしょう」と思うシーンが色々あるが、カッパーフィールドは全部できると言っている。確かにここが担保されないとなんでもありの荒唐無稽なSF映画になってしまう。そういった意味では彼の監修作業は極めて重要だ。

デビッド・カッパーフィールドはMGMグランドのキラーコンテンツにもなっている
 
  
 2016年に公開された続編〜見破られたトリック〜になるとカッパーフィールドはさらに映画制作にのめり込み、co-producerとしてクレジットされている。続編の舞台はマカオ。サンズ・マカオ・ホテルが全面協力しているため、カジノ内部で撮影されたシーンも多く、近年のマカオ・カジノの雰囲気を感じることができる。イリュージョンというよりは基本的なカードコントロールのテクニックを応用したものも登場し、出演者たちはかなり練習を積み重ねて習得したそうだ。

 実際にマカオでもイリュージョンのショーが上演されていた時期があるが、すでに消滅してしまっている。ちなみにマカオのIRのエンタメの中心はメルコの「シティ・オブ・ドリームス」で上演されている「ザ・ハウス・オブ・ダンシング・ウォーターショー(年内の休演を発表)」だろう。シルク・ドゥ・ソレイユの「O(オー)」の演出家によるもので、同じく巨大プールを中心にした水を使ったショーだ。単なる二番煎じではないとして賞賛の声を集めてはいるが、いずれにしてもラスベガスのエンタメをベースにしていることは否定できない。マカオ独自のチャレンジも続けられているが、今のところこれを超える斬新なエンタメは出現していない。IRにおけるエンタメの難しいところで、日本でIRが実現する際にもこの点は大きなポイントになるはずだ。

 「グランド・イリュージョン」はすでに3作目の製作も始まっている人気シリーズだが、この2作を通じて直接的にIRにおけるエンタメとしてのイリュージョンを感じ、多くを得ることは難しいかもしれない。イリュージョンの煌びやかさに加え種明かし的な要素まで含まれるため、関心を高めるきっかけとなる可能性はあるものの、それだけでは申し訳ないので、最後に追加でもう一本ご紹介しておこう。