<IR用語集・基礎知識> ラスベガス

JaIR編集部

スペイン語で肥沃な土地を意味するラスベガスは、アメリカ西部、ネバダ砂漠のオアシスとして発展してきた。1840年代のゴールド・ラッシュとともに、すでに世界中に存在していた「博打」がこの地でも始まり、1929年の大恐慌で大きな転機を迎える。景気対策としてフーバー・ダムが建設され、広大な砂漠に潤沢な電力がもたらされる。同時にネバダ州が賭博を産業として合法化したため、本格的な開発が始まった。

第二次大戦後の1946年、ベンジャミン・シーゲル(愛称バグジー)が、フラミンゴ・ホテルを開業。プールやゴルフクラブなどのリゾート施設を付設し、シナトラのショーを開催するなど、博打と娯楽を兼ね備えたリゾートの原点を作る。この後、続々とホテル&カジノがオープン。結果、博打とポルノが蔓延し、マフィアが縄張り争いを繰り返す荒廃した街と化していく。1969年に街の浄化を求めたハワード・ヒューズなどの働きかけにより、カジノ・ライセンス法が改正され、1980年代になるとマフィアは表舞台から姿を消し、代わって大手企業が参画してくる。1988年、スティーブ・ウィンが、ホテル・ミラージュを開業。15分おきに噴火する巨大な火山アトラクションを作り、ファミリー層にも人気が拡大し、街のテーマパーク化が進んだ。翌年にはラスベガス・サンズがベネチアンを開業し、本格的にMICEという考え方を導入していく。

現在のラスベガスは、MICE等のノンゲーミング比率が高まり、2006年カジノ売り上げはマカオに抜かれている。収益率も下がっていると伝えられるが、7kmに及ぶストリップ大通りを中心に40以上の大型施設が軒を並べる街並みは他に類を見ない。また、客室数で世界の上位12ホテルのうち、11がラスベガスにあり、2018年の客室単価が129ドルでアメリカ主要都市の中でもきわめて低く抑えられており、客室稼働率でも2019年のラスベガスが89.6%で、全米平均の67.1%を大きく上回る(ラスベガス観光局調べ)。大型コンベンションが現在も多数開催されており、ビジネスとエンターテインメントの街として君臨し続けている。


(2020年3月7日更新)