日本型IRに必要な「国際競争力」と「全体最適」 元オカダ・マニラ社長の大屋氏が語る (1/3)

大谷イビサ(JaIR編集部)

 ユニバーサルエンターテインメントが運営するフィリピンのIR「オカダ・マニラ」。創業者会長である岡田和生氏の退任後、社長となった大屋高志氏に話を聞くことができた。証券会社、パチンコ・パチスロ業界を経て、日本人として数少ないIR経営者になった大屋氏から見た日本のIRとは?(敬称略 インタビュアー KADOKAWA 玉置泰紀)

パチンコ・パチスロ業界で感じたIR業界との類似点

大屋:大学卒業後、日本の証券会社で10年くらい勤めた後、ドイツ証券に移って、20年間は証券リサーチアナリストとして活動してきました。その中で、IT業界、エンターテインメント業界、そしてパチンコ・パチスロ業界を担当していた関係でパチンコ・パチスロ商社のフィールズと出会い、9年間社長をやらせていただきました。円谷プロを買収したり、ゲーム会社と提携したり、東証一部上場までこぎつけ、ダイナミックな展開を実現できました。

玉置:大屋さんのプロフィールの中では、やはりフィールズでの経験は大きかったのかなと。というのも、IR業界とパチンコ・パチスロの業界は親和性も高いと感じていますし、実際に横浜のIRにはセガサミーさんも前向きですよね。

大屋:おっしゃる通り、IRとフィールズのビジネスは驚くほど似ています。

フィールズはパチンコ・パチスロの商社として長らく業界に深く根ざした存在です。でも、オーナーである山本(山本英俊会長)は「遊技機だけやっていて、われわれは社会的に貢献しているのか?」という考えの持ち主で、遊技機の先にあるコンテンツビジネスに注力していた時期がありました。

注力するとどうなるか? 当然社内にコンフリクション(軋轢)が起こります。ゲームやアニメ、映画などコンテンツへの投資は、遊技機の収益を削っているのではないかという批判が社内から挙がります。個別最適を追求すると、全体最適がおかしくなるという事象です。

そして、その全体最適を私が担当していました。つまり、パチンコ・パチスロの機械を作っている部門の方々に対して、将来コンテンツビジネスは必ずみなさんのためになる、もっと言えばエンターテインメント業界なんだから、いっしょにやりましょうよと訴えかけていたわけです。実はこれってIR業界とまったく同じ構図なんです。

玉置:なるほど。確かにIRではカジノの収益を、ホテルやレストラン、MICE、エンターテインメントなど他の事業に投資しますね。

大屋:収益エンジンはカジノなんですけど、カジノだけやるのは社会的な意義がきわめて低いものになってしまいます。その点、IRではエンターテインメントやホスピタリティ、コンテンツ、MICEなどの魅力的なディスティネーションの運営にカジノ収益を使わせてもらいます。カジノのおかげで、さまざまな事業をとんでもないレベルで高めることができ、カジノの付加価値も上げていくわけです。もちろん、地域活性化の相乗効果を上げることもできるし、多くの雇用を生み出すこともできる。とにかくお返しするものがものすごく多いんです。

このサイクルをIRで実現するためには、カジノだけかわいがってはダメで、全体最適がとても重要になります。ゲーミングをエンジンにしながら、そうではないビジネスモデルを追求し、それを全体最適化して、社員と共有するという点では、IRとフィールズのビジネスは似ていると感じました。

玉置:日本にはパチンコ・パチスロが産業として深く根付いていますが、IRやカジノは海外から来た黒船のような扱いをされますが、実はパチンコ・パチスロ業界が構造改革していく中でむしろIR業界に近づいていたという方が正しいんでしょうかね。そういた中、証券会社の経験を持ってきた大屋さんのような方がこうした構造改革を手がけてきたのですね。

大屋:ご指摘の通りで、業界の中にいた身からすると、パチンコ・パチスロを発展させた延長線上に最上級のエンターテインメントがあると思っています。これはパチンコ・パチスロを扱っていたメーカーや商社だけではなく、パチンコホールの方々も同じ想いのはず。だから、IRの見据えている先、目指しているゴールは質の高いエンターテインメントということで共通していると思っています。

オーナーの抜けたオーナー会社をV字回復させるまで

玉置:次にオカダ・マニラを手がけるようになった経緯を教えてください。

大屋:10年以上在籍したフィールズを卒業する直前に、岡田和生会長のいなくなったオカダ・マニラの再スタートを手伝ってもらえないかという声をいただき、運営会社のタイガーリゾ-トに実を転じました。

当時、親会社にあたるユニバーサル・エンターテインメントは少数精鋭を標榜していることもあり、岡田和夫会長の後釜をすぐに用意する余裕はありませんでした。一方、ユニバーサルエンターテインメントが古巣のフィールズと事業提携していたこともあり、お互いのことをよく理解していたので、初めての事業ということでも、さほど違和感はありませんでした。最初は管理本部的な立場から入ったのですが、いろいろな提案をしている過程で、「じゃあ、お前がやれ」ということで、1年後に社長になりました。

玉置:岡田会長はIR業界ではかなり有名な方ですから、後釜としてはけっこう大変ですよね。現場はどうでした?

大屋:オーナーが抜けたオーナー会社ですから、まあ混乱していますよね(笑)。

オカダ・マニラはフィリピン従業員が95%で、残りはオーストラリアやマカオ、シンガポールで経験を積んだエキスパートです。このトップに立つのが、日本人という構造になるので、「キミは何しに来たのか? 管理か、監視か、はたまた首切りか」というイメージ。まずはお手並み拝見という感じでしたね。

玉置:当時はどんな状態だったんですか?

大屋:オカダ・マニラには20くらいの部門があるのですが、やはりオーナーがいなくなってバラバラになっていました。指針はオーナーが決めていたわけですから、簡単な文章以外はなく、悪く言えば現場ごとに自分の意志で決めていたという印象でしたね。

そのため、幹部から末端の社員に対してさえも、粘り強くお客さまのホスピタリティの重要性を説きました。オカダ・マニラをフィリピンで一番のIR、ひいてはアジアでトップのIRにするために、とにかくサービスの質を高めたい、カジノで遊ばないお客さまでも最高のホスピタリティを体験してもらいたい。フロントだけではなく、バックオフィスのメンバーも巻きこんで、いかにカジノ収益を伸ばすか、いかにホスピタリティやエンターテインメントのレベルを上げるかを徹底的に話し合いました。

玉置:別に奇をてらったことをやったわけではないんですね。

大屋:今でこそ笑い話ですが、当時は中華レストランでラーメンが出てくるのに30分かかっていたんです。しかも、サーブも愛想が悪いし、おいしくない(笑)。レストラン部門のメンバーに話を聞くと、「リストラで人もいないし、お金もないので、これ以上できない。なんか文句ある?」と言われました。

それに対しては、「カジノのお客さまは短気なので、5分で出してもらわないと困る。しかも最高においしいのを出してくれ」とリクエストし、優秀な厨房のスタッフを増員してもらいました。隣のホテルがフォーブスのファイブスターをとっているのであれば、われわれがとれないはずはないと主張して、人は増やす代わりに、別のコストを削ってもらいました。現場とはそんな地味なディスカッションの繰り返しでした。

ただ、やることはわかっていましたし、方向性さえ決まれば、あとは人、モノ、カネというリソースの割り当てだけ。もちろん、現場の反発もありましたが、楽しかったですね。だんだん従業員もお客さまにフォーカスしてくれるようになり、最後は理解してくれました。

玉置:結局、大屋さんの在籍期間中できちんとV字回復できたんですよね。

大屋:お客さまからオカダ・マニラのサービス、ホスピタリティ、エンターテインメントがよいという声をいただき、リニアに成長したという感じだと思います。フィリピンはIR事業者が4社あるのですが、3・4位争いからなんとか月次収益でNo.1のところまで成長しました。

玉置:素晴らしいですね。

大屋:ただ、コロナ禍でフィリピンは昨年2月からロックダウンになってしまい、ほとんど営業ができなくなりました。そのため、リストラを敢行せざるをえず、昨年10月に任期満了で退任となりました。先日、次の社長にバトンを渡してきたところです。