日本型IRに必要な「国際競争力」と「全体最適」 元オカダ・マニラ社長の大屋氏が語る (2/3)

大谷イビサ(JaIR編集部)

全体最適は「できるか、できないか」ではなく、「やらなればならない」こと

玉置:こういった酸いも甘いも含め、IRの経営に関わっている日本人は少ないはずですよね。経営者として、IRというビジネスをどうお考えになりますか?

大屋:本来、経営のKPIはトップマネジメントがきちんと決めるものですが、筋が通ってない経営者だと、部門にKPIを押しつけ、コストの削りあいを始めます。でも、IRでこれをやってしまうと、最後はカジノ部門しか儲からないんです。ホテルはそれほど儲かるわけではないし、レストランも高級なものを提供しようと思うと、どうしてもロスが出ます。エンターテインメントも、MICEも、いつもお客さまがパンパンなわけではありません。ですから、きちんと全体最適を理解して、部門に落としていく経営ができないと、みんなバラバラになります。

玉置:欧米の経営者はそういった全体最適のために、覚悟を決めて投資を進めていますよね。日本の経営者はリスクをとる力が弱くなっている気がします。日本でこれができるのでしょうか?

大屋:まったく同感ですね。実は全体最適は二段階あって、まずは投資段階で全体最適を決定して、勝負しなければなりません。

たとえば、(シンガポールの)マリーナベイ・サンズのようにホテルの屋上にプール作るなんて、とんでもないお金がかかりますよね。でも、日本企業の取締役会だと、このプールの事業採算を出せって言い出しかねないんです。

玉置:確かに(笑)。

大屋:これに対してサンズはオーナー企業なので、シンガポールにアイコンを作れというある意味「独裁」とも言えるようなリーダーシップで物事が決まります。IRの世界は、ほかの事業者と同じことをやったら負けなので、絶対にチャレンジが必要。日本で重用される合議制や多数決、根回しでは、あの屋上のプールはできなかったはずです。だから設計段階で思い切ったリーダーシップがまず必要だと思います。

次にハコを作っただけではIRはうまく行きません。思想や投資が理想型でも、オペレーションが理想型にならないとIRは難しい。でもこちらはオーナーだけでは難しくて、現場の努力と意思統一が必要になります。マリーナベイ・サンズのようなプールで儲けようと思うと高い入場料が必要になりますが、一般客は立ち入りできず、ホテルに泊まっている人は無料ですよね。しかも、カジノのVIPには特別なスペースやカクテルサービスを用意しなければなりません。

玉置:複数の事業があるだけではなく、緊密に連携することでビジネスが生まれるんですね。

大屋:はい。プールだけの事業採算で考えてはダメ。プールの部門、ホテルの部門、カジノの部門が同じ目標に向かって走らなければなりません。このオペレーションの全体最適を日本の企業ができるのか?という問題があります。ハコとオペレーションは両輪なので、どちらかが欠けていても、お客さまは満足してくれません。

ですから、日本がこれから世界に誇れるIRを実現するには、経営者がこうした全体最適をやらなければなりません。「できるか、できないか」という議論ではないんです。とはいえ、まだスタートラインにも立ってないので、十分準備できると思います。

インバウンド観光におけるIRのメリットとは?

玉置:大屋さんの目から見て、改めてインバウンド観光におけるIRのメリットを教えてもらえますか?

大屋:オカダ・マニラ自体で約1万人、周辺の関連産業でも約3~5万の雇用を生み出していました。IRのコンソーシアムによって、高速道路や緑地化などのインフラも実現しました。こういったことが政府のお金を使わず、民間レベルでできます。その意味で、IRはインバウンド需要で、ものすごく大きな経済効果を得られるし、地域にもプラスをもたらします。

シンガポールの場合、観光収益の4分の1~5分の1はIR経由で得られたものです。日本は観光収入でざっくり5兆円ですが、IRができればプラス1兆円は可能になるはずです。プラス1兆円ってなかなか実現できないですよね。

玉置:政府もインバウンド観光の成長エンジンとして期待しています。

大屋:しかも、この収益を用いて、コンテンツをブラッシュアップすることができます。たとえば、ラスベガスのミュージカルって、すさまじいレベルでブラッシュアップされていますよね。あれだけの規模の舞台装置を入場料だけで投資するのは無理なので、あれはカジノ収益のおかげ。ミュージカルのレベルが上がると、海外に輸出することもできるようになります。シンガポールもインフィニティプールが観光の目玉となり、さまざまな映画やアニメにも使われるようになっています。

玉置:とはいえ、IRに対して懸念を持つ国民が多いのも事実です。大屋さんはいかがお考えですか?

大屋:ワクチンに副作用があるように、カジノにも副作用があります。しかし、シンガポールやフィリピンではその副作用は最低限に抑えられています。カジノの負の面だけにスポットライトを当てるような報道もありますが、IRのマイナスはそれほど大きくないというのが実体験です。

そもそもIRは富裕層ビジネスです。パチンコやパチスロは大衆娯楽ですが、富裕層ビジネスのいいところは、お金持ちの方からお金をいただくので、街の治安が悪くなったり、犯罪が増えたりしないことです。逆にIRのビジネスは大衆化させすぎると、お金を持っている方は来ません。富裕層ビジネスとしてハイエンドなコンテンツやサービス、ホスピタリティを提供することで、一般の人たちに犠牲を強いることなく、経済を回せるのがIRビジネスの一番のよさです。

玉置:各候補地について感想をいただけますか?

大屋:和歌山や長崎は、東京や大阪、横浜と違って、観光地としての競争力がまだまだ上げられるので、IRはものすごい地域経済の底上げになります。先進的なリゾートエンターテインメントを提供できるし、それは日本全体の底上げにもつながるはずです。一方、大阪や横浜のような大都市型IRはマーケットは大きい分、投資額も1兆円規模ですし、ハードルは高いですね。RFPの段階では全貌は見えないと思いますが、経済的な裏付けや強力なアイコンが必要なはずなので、ドキドキするような、楽しみなようなという感じです。