【IR映画ガイド】スタンレー・ホーとマカオ、香港の歴史が分かる「カジノタイクーン」「ゴッド・ギャンブラー」 (1/2)

JaIR編集委員・玉置泰紀

 統合型リゾート(IR)の舞台をめぐる映画連載第9回目は、先ごろ亡くなったマカオのカジノ王、“近代マカオの父”スタンレー・ホーをモデルにしたアンディ・ラウの「カジノタイクーン」2作と、香港映画を代表するカジノ映画「ゴッド・ギャンブラー」から、マカオと香港の成り立ちと独特のギャンブルの空気を探る。*ネタばれあり
 
「アンディ・ラウのカジノタイクーン」(1992年 日本未公開 香港)
https://www.netflix.com/jp/title/70033643 ※Netflix

「カジノタイクーン2」(1992年 日本未公開 香港)
https://www.netflix.com/jp/title/70033644 ※Netflix
 
「ゴッド・ギャンブラー レジェンド」(2015年 香港)
https://movie.walkerplus.com/mv57660/

 

スタンレー・ホーも納得の主役、アンディ・ラウ。そしてマカオと香港、激動の歴史

 今年5月に98歳で逝去した、マカオやアジアのみならず世界でも有数の一大カジノ帝国を築いたスタンレー・ホー。彼は生前、映画の中で、自分をモデルにしたホー・シン(賀新)を演じたアンディ・ラウの凛々しく美しいビジュアルを称賛していたという。ホー一族にもアンディ・ファンが多く、美貌で知られた第一夫人、クレメンティナ・アンジェラ・レイタオ(黎婉華)をモデルにしたムイを演じたチンミー・ヤウなど、キャストについてホー一族はみな気に入っていたという。

 その映画が「アンディ・ラウのカジノタイクーン」と、その半年後に封切られた「カジノタイクーン2」。残念ながら日本では劇場公開されていないが、DVDやVHS、ネットフリックスなどで見ることができる。

 映画はケレン味のある演出を加えながらも、大枠はかなり忠実に実話をトレースしている。これまでにこの連載で紹介した「バグジー」「カジノ」「ゴッドファーザー」が、ラスベガスの一大統合型リゾートに成長していく歴史を深く描写していたように、マカオの近代化の父がスタンレーであり、毀誉褒貶(きよほうへん)相半ばするとは言え、彼の人生を描くこと自体が、今やラスベガスをしのぐ世界最大のリゾート都市となったマカオの歴史そのものを描くことになる。

 7月1日から施行された香港国家安全維持法が世界中で議論かまびすしいが、中国の中で、一国二制度という、植民地の遺産である特殊な存在、西側への窓口でもあった香港(1997年までイギリスの領土)、マカオ(1999年までポルトガルの領土)。フェリーで行き来ができるほど近いが、メンタリティや立ち位置は実は大きく違っている。

 1513年に、中国が明だった時代に、ポルトガルが初めて渡来し、1557年、海賊退治の褒美としてマカオを割譲された。日本が鎖国するまでは長崎との交易で非常に栄えた、という。明から清に変わってからも、ポルトガルは居住権確保のため献金を続けていたが、アヘン戦争後に停止し、1887年、正式な領土とした。その後、日中戦争~第二次世界大戦と中国と日本は交戦状態だったが、ポルトガルは中立国であったため、マカオは戦火を免れた。一方、英国領だった香港は、1941年、真珠湾攻撃と同時に交戦状態になり、12月25日、イギリス軍は日本に降伏している。香港人は、この日を「黒いクリスマス」と呼ぶ。

 「アンディ・ラウのカジノタイクーン」でも、その戦闘と混乱は描かれ、当時、大学生だったホーは、小さいころからずっと親友だったナンとともに、大きく人生を変えられることになる。

 この映画冒頭から出ずっぱりのホーの無二の親友、ナンのモデルは、香港とマカオの歴史を語るうえで、スタンレー・ホーと並び称される、スタンレーの盟友、ヘンリー・フォックだ。1960年代はスタンレーと組んでマカオのカジノ経営で成功し、その後も香港のみならず中国本土でも大きな成功をおさめ、中華人民共和国全国政治協商会議副主席、香港中華総商会永久名誉会長を歴任した。一貫して英国政府とは一線を画し、中国政府の要職を重ねた。この映画では、コミカルなキャラクターで、下層階級からのし上がってきた人物として描かれており、重要な登場人物だ。

 映画のホーは、香港の裕福な家に生まれたが、親が株に失敗して、貧困の中、苦労して大学に進み、ジョイ・ウォン(「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー」)演じる美しい恋人もできた。そこに、日本軍が侵攻してきたため、ナンと中立国だったマカオに逃げ延び、港一帯の事業主に認められ、彼の兄弟分のカジノのボスにも認められるが、罠にはめられ、無実の罪を着せられ、マカオを追放され、また、香港に出戻った。しかし、ホーとナンはそれぞれ、香港での不動産業に成功、その富を元手に再度、マカオに戻ってくる。ここから、カジノを開いて悪戦苦闘しながら、ポルトガルにも何度も通って、カジノ・ライセンスを取り成功するまでが第一作目。

 この香港~マカオ~香港~マカオというややこしい行き来は実際のスタンレー・ホーの人生そのまま。スタンレーは、戦火を逃れたマカオで頭角を現すも、地元の反社会勢力とのいざこざで香港に逃げ出し、香港で不動産業を起こして成功する。親友のナン、ことヘンリー・フォックも同様に成功するが、二人は常に協調して活動していく。

 その後、二人は資産をもとに、追い出されたマカオに戻りカジノを開く。地元勢力と激しく戦いながら、1962年、四天王同盟というコンソーシアムを結成、渡欧してポルトガル政府と交渉、マカオでのカジノ独占経営権を得ることに成功した。ついに、マカオの実権を握ることに成功したのだ。

 マカオのカジノの歴史は、ポルトガル政府が、私設の賭博場が入り乱れ争いが絶えなかったことから、1840年、賭博場開設の入札制度を導入したのが大きな転機になった。私的な参入を禁止して、カジノ公認制になり、政府は賭博場から税金を徴収するようになったことも大きい。最初に賭博場の独占経営権を獲得したのは盧九(本名=盧華紹)。次に独占経営権を得たのは、傳老榕。彼が1961年の入札日を前にして死去し、そこに現れたのがスタンレーの「四天王同盟」だったわけだ。

 こうして、マカオのカジノを握ったスタンレーは、映画の親友、ナンことヘンリー・フォック、やはりニエという役で出てくる賭博の天才、イップ・ホンとともに、1970年に、満を持して作ったのが、今も人気のホテル・リスボア。ベストセラーとなり若者を中心に一大ブームを起こした紀行小説、沢木幸太郎の「深夜特急」で、沢木が旅を始めたばかりなのに、大小というサイコロゲームにはまって旅費全部を賭けてしまうというエピソードで有名なマカオの名所だ。

 「カジノタイクーン2」は、冒頭、このホテル・リスボアが名前そのまま出てくる。もはやフィクションかノンフィクションかわからない。

深夜特急にも出てくる、コタイ地区ができるまでのカジノの中心だったホテル・リスボア