【IR映画ガイド】スタンレー・ホーとマカオ、香港の歴史が分かる「カジノタイクーン」「ゴッド・ギャンブラー」 (2/2)

JaIR編集委員・玉置泰紀

スタンレー・ホーが世界一のカジノ・リゾート、マカオ発展の基盤を作った

 「カジノタイクーン2」は、マカオの王となったホーが、前作から続く身内の問題や、妻との関係、一緒にカジノを築いてきた仲間との関係が描かれるが、これは、スタンレー・ホーの4人の妻と17人の子供(諸説ある)、実際のビジネスの戦いを反映している。

 映画のホーはSTDMという会社を興して会長に収まり、イップ・ホンをモデルにしたニエが社長になる。冒頭、1970年にホテル・リスボアが完成とテロップが入り、ロケが実際に行われたかは資料がないが、実在のホテル・リスボアそっくりの入口が出てくる。ここに風水を使ったカジノ荒らしの一行がやってきて、勝ちまくるのだが、心配するニエにホーは「彼らは時計も見ずに6時間続けていた。依存症の客は確実に負けます。賭け事に確実な勝ち方はないって事ですよ」と諭し、勝ち負けをトータルで考える近代的なカジノを語る。

 スタンレー・ホーの会社も実際にSTDMといい、中国語では、澳門旅遊娛樂股份有限公司。映画にもホー・グループという名前が出てくるように、カジノ経営だけに止まらないスタンレーのビジネス感が描かれている。実際に、イップ・ホンとはその後袂を分かつのだが、古いカジノの世界から身を起こし、当時の仲間と別れてでも、近代化して行く姿が活写されている。

 スタンレーは、マカオの港を整備し、香港との舟運を強化するため、今や香港~マカオの移動の定番になっている高速艇の事業を起こし、カジノに付随するホテルを建て、街のインフラを作っていた。その過程で、香港に比べて出遅れていたマカオが、カジノの資金を活かして、観光地として急速に発展していく。

 香港とマカオは、戦後すぐには中国には返還されず、香港は1997年、マカオは1999年にようやく返還され、特別行政区になったのだが、ポルトガル政府からSJMホールディングス(STDMの後継企業)に独占的に与えられていたカジノ・ライセンスは、1999年に返還されてからはウィン・リゾーツやギャラクシー・エンターテインメント、サンズ・チャイナ、MGMチャイナ、また息子のローレンス・ホーが率いるメルコ・リゾーツ&エンターテインメントにも与えられ全部で6社のライセンスになった。しかし、依然、SJMは最重要プレイヤーとして君臨している。マカオの成り立ち、カジノ・ライセンスの経緯を見れば理由が分かる。スタンレーは別格なのだ。

 映画では、家族間のトラブル、妻との愛を描いたストーリーも、息子の交通事故死など、虚実ないまぜで巧妙に作られていて、スタンレーが引退してから繰り広げられた大家族の主導権争いなどを予感させるところもある。最初の妻が身を引いて、次の妻を持たせようとするくだりもしっかり描かれ(映画では奥さんへの愛を誓って終わるが)、最終的に4人の妻を持ち17人の子供を得たスタンレーの人生をトレースしている。

 スタンレー・ホーは、フォーブスのビリオネアランキングでは、1992年に初登場し、当時の保有資産は11億ドルとなっていた。2011年までビリオネアランキングに残り続けたが、ファミリーのメンバーに資産を分配したためランキングから消えた。

 今年5月のスタンレーの訃報に、アンディ・ラウは、「ホー氏は社会の発展に多大な貢献をしてこられた。どうか安らかに眠っていただきたい」と追悼コメントを公開した。

マカオの高速フェリー乗り場
 

スタンレーの息子ローレンスが切り開く新しいファミリーも楽しめるIR

 「カジノタイクーン」以外にもマカオのカジノを舞台にした映画はたくさんある。代表的なものは、番外編まで含めると14作にもなる人気シリーズ、「ゴッド・ギャンブラー」(賭神)シリーズだろう。1990年に日本でも公開された「ゴッド・ギャンブラー」が第1作で、監督はなんと「カジノタイクーン」2作と同じバリー・ウォン。娯楽映画の神様だ。しかも、主役チョウ・ユンファを支える脇役は、カジノタイクーンのアンディ・ラウ。これに、同じく恋人役だったジョイ・ウォンが出ている。

 満を持して24年ぶりにチョウ・ユンファを迎えた「ゴッド・ギャンブラー レジェンド」(原題は「フロム・ベガス・トゥ・マカオ」)も大ヒットとなり、既に第三作まで作られている。「フロム・ベガス・トゥ・マカオⅢ」(賭城風雲Ⅲ)では、映画の冒頭にスタンレー・ホーの息子ローレンス・ホー率いるメルコ・リゾーツ&エンタテインメントのIR、スタジオ・シティとシティ・オブ・ドリームスが出てくる。

 ローレンスはスタンレーとは一線を画してきたが、独自に一大勢力を築き上げている。ローレンスのメルコがマカオの新IRエリアであるコタイ地区に作ったこの2つのIRは、8の字型の観覧車「ゴールデン・リール」や、ワーナー・ブラザースと提携してアメリカの映画の世界観を取り入れた施設が人気。屋内型3Dアトラクション「バッドマン・ダークフライト」など、従来のカジノがメインだったマカオのイメージをファミリーが楽しめるリゾート地として一新した。併設されたプールで行われている結婚式を敵が襲って、ガラスが全面割れるシーンなども出てくる。新しいファミリー層も取り込んだIRの世界は映画のようなエンタメと相性がいい。

 ヒットを重ねつつ、四半世紀にわたって人気を集めてきたシリーズは、香港映画を代表する役者が入れ替わり登場し、あらゆる娯楽の要素を積み込んでいるが、中心にはカードのギャンブルがある。実話に即して、バリー・ウォン監督得意のハチャメチャ・コメディ要素を抑えた「カジノタイクーン」とは対照的な世界観だが、ラスベガスとは違う、アジアならではの激しく陽気なギャンブルの空気感が楽しめる作品群だ。

8の字の観覧車「ゴールデン・リール」が目印のスタジオ・シティ

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