【IR映画ガイド】“テック系のMICEと言えばラスベガス”を学ぶ「ジェイソン・ボーン」 (1/2)

JaIR編集委員・玉置泰紀

 統合型リゾート(IR)を学ぶ映画連載の第18回目となる今回は、マット・デイモンにとっての代表作となった人気シリーズの5作目、映画「ジェイソン・ボーン」を取り上げる。MGMリゾーツ・インターナショナル社とインフィニティ・ワールド・デベロップメント社が経営するIRホテル、アリアを舞台に、GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)を思わせるIT企業を巡ってテック系のコンベンション会場で壮絶な戦いが繰り広げられる。ラスベガスとIT企業のMICE(Meeting、Incentive tour、Convention・Conference、Exhibition)との関わりを考察してみよう。*ネタばれあり

「ジェイソン・ボーン」(2016年 アメリカ)
https://movie.walkerplus.com/mv60115/

 

顔認証など電子的な監視システムを巡る戦いへ

 いわゆるボーン・シリーズは、ロバート・ラドラムのベストセラー・スパイ小説「暗殺者」3部作が原作で、暗殺者になる前の記憶を失い、自らのアイデンティティを求めるCIAの元腕利き工作員、ジェイソン・ボーンの自分探しの旅と、それを阻止してボーンを抹殺しようとするCIAとの戦いを描いている。2003年日本公開の「ボーン・アイデンティティー」を皮切りに、「ボーン・スプレマシー」「ボーン・アルティメイタム」(ここまでが小説の三部作)、ボーンが主人公でないスピンアウト作品「ボーン・レガシー」を挟んで、この「ジェイソン・ボーン」(映画オリジナル)が完結作になっている。アクションシーンはCG処理はあまり使わず(CIAのデジタルを駆使した監視とかは超ハイテクだが)、リアリズムに徹した肉弾戦はダニエル・クレイグの007などとともに、新しい世界を切り開いた。CIAがボーンに施した洗脳的な暗殺者育成計画「トレッドストーン計画」(余りに過酷でボーン以外は皆脱落し、ボーン自身も記憶障害を起こしている)など、様々な計画はもちろん架空のものだが、リアリティは、さすが人気作家ラドラム。

 さて、今回の「ジェイソン・ボーン」の重要ポイントは、毎回印象的なCIAのデジタル監視。現実にはそう簡単じゃないだろうが、街の中を移動するボーンを追いかけ、衛星画像はもちろん、あらゆる監視カメラをハッキングし、IR施設でもおなじみの顔認証システムを使って追いかける。この情報システムをSNSやeコマースまで含めた個人のデジタル情報まで併せて収集し、全世界を監視するCIAの新作戦が「アイアンハンド作戦」。これは近年、テロリストの情報収集のため、AppleやGoogleなどに個人情報の提出を求めて、バックドアを開けるように政府が要求し、企業が断るという攻防がリアルなニュースになってよく目にするわけだが、まさに、このことが、ボーンの自己探求の話と同時で進行し、二つの話は絡み合っていくことになる。

 顔認証システムは、1964年にウッディ・ブレッドソー氏がコンピューターを使った顔認証に取り組んだのが始まりで、プロジェクトは「マン・マシン」と呼ばれた。1997年には、ドイツのルール大学ボーフムとアメリカの南カリフォルニア大学は、さらに優れた顔認識システムを開発。ボーフムのソフトウェアは ZN-Faceとして製品化、ドイツ銀行や空港で採用された。この顔認証システムは不完全な顔画像でも認識可能で、口ひげ、あごひげ、髪型の違い、眼鏡やサングラスをつけていても認識可能になった。2006年には、Face Recognition Grand Challenge(FRGC)で、当時の最新の顔認証システムの評価が行われたが、2002年のシステムに比べ10倍、1995年のシステムに比べ100倍の正確さで認識できた。低解像度の顔画像の解像度を強化する技法としてface hallucinationがあり、近年ではカメラ自体が高ピクセル化してきたことから、解像度の問題は解消されつつあり、多くのIRでも取り入れられてきている。

スイスの監視カメラシステム。顔認識機能と自動車の型式、色、ナンバーなどを認識する機能がある。パブリックドメイン
 

テック系のコンベンションがラスベガスとIRの意味を変えた

 「ジェイソン・ボーン」に出てくる、GAFAを思わせる架空の巨大IT企業はディープドリーム社と言い、そのカリスマ的なCEOが、Appleのスティーブ・ジョブズや、Facebookのマーク・ザッカーバーグなどイメージを重ね合わせたようなアーロン・カルーア。演じるラッパーでもあるパキスタン移民のリズ・アーメッドは実際、オックスフォード大学を出ていて、「ナイトクローラー」「ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー」などでも重要な役についているが、英語版の新海誠監督「天気の子」で高井刑事の声を吹き替えている。

 ボーン・シリーズの完結作になるこの映画では、最初の三部作でほぼ明らかになったボーンの失われた記憶にまだ先があったことが明らかになる。CIA局員だった父親の死が敵による謀殺ではなく、息子を暗殺装置に仕立てるトレッドストーン計画を嫌悪し全てを明らかにしようとして、今やCIA長官であるトミー・リー・ジョーンズ演じるロバート・デューイに謀殺されたのだ。そして、直接手を下したのが腕利きの作戦員アセット(ヴァンサン・カッセル)。デューイ長官は、このアセットを使って表向きの作戦の裏で執拗にボーンを追い詰める。この話と同時進行で、過去、ハイテク技術を、心ならずもデューイに提供していたカルーアCEOが、全ての個人情報を筒抜けにするバックドアを開けるように要求され(アイアンハンド作戦)、ボーンの父のようにすべてを明らかにしようとして、これを察したデューイとアセットが、テロに見せかけて暗殺する計画を進めていくのだ。

 この二つの話が交錯してスパークする舞台がラスベガス。

 カルーアがCIAの陰謀を暴露しようとして選んだのが、実在の人気ホテル、アリアで開催されるテック系コンベンションEXOCON2015(ロゴから会場の様子から出展ブースまでリアルに作りこまれているがもちろん架空のコンベンション)。アリアは2009年オープンで、「ジェイソン・ボーン」と同じ2016年公開の「グランド・イリュージョン」にも出てくる。このテック系コンベンションは、IRでのMICEの典型的な仕様で、ボーンは会場を歩きながらIT系企業の出展ブースに置かれているGPSや小型カメラといったサンプル・ガジェットを取っていき活用していくのが楽しい。