【IR映画ガイド】“テック系のMICEと言えばラスベガス”を学ぶ「ジェイソン・ボーン」 (2/2)

JaIR編集委員・玉置泰紀

 近年、テック系の巨大コンベンションがラスベガスに集まってきている。JaIRの記事「巨大化するイベントとMICEの必要性とは?IT記者から見たラスベガス」に詳しいが、ベネチアン・パラッツォ/サンズコンベンションセンターで開催されてきた大手クラウドベンダーのアマゾンウェブサービス(AWS)の年次イベント「AWS re:Invent」は一つの会場では収まらなくなり、数年前からアンコア、ミラージュ、アリア、MGMグランドなど近郊のホテルを含めてイベントを広域・分散展開するようになっている。2019年は6万5,000人を超える参加者を集めた。

 全米民生技術協会 (CTA) 主催の、世界最大規模の電子機器見本市(もはやデジタル全般だが)、コンシューマー・エレクトロニクス・ショー(CES)も、1978~1994年はラスベガスとシカゴで年2回、1995年からは毎年1月にラスベガスで開催されている。2020年は1月7日から10日にかけて開催され、4,400以上の企業が世界中から出展、250を超えるセッションが行われ、参加者も、世界約160カ国から17万5千人が集まった。

 2021年の開催については、新型コロナウイルス感染症の影響で、完全オンラインになることが発表されている。2021年のCESは、メイン会場の「ラスベガス・コンベンションセンター」の増築が終わり、初めて使う大規模イベントになる予定だった。同センターの広さは約30万平方メートル。東京ドーム6.4個分。これまでの「North」「South」「Central」の3ホールに「West」が加わる予定だった。

 2019年には、大手ITソフトウェア会社のオラクルが年次イベント「Oracle Open World」の会場をサンフランシスコからラスベガスに移すことを発表したが、大型イベント開催で地元経済に貢献してきたオラクルの決断は大きな衝撃で受け止められた。サンフランシスコの地元紙サンフランシスコクロニクルの記事「SF loses Oracle’s huge OpenWorld tech conference to Las Vegas」は、理由として、サンフランシスコの宿泊施設の高騰と、ホームレスが増えて犯罪率が高くなったことを挙げている。キャパシティに加え、サンフランシスコに比べて安価で(ラスベガスは客室単価が全米でも最も低いエリアの一つ)、安全だからラスベガスを選んだ、ということになる。2017年の銃撃事件の記憶が生々しいが、逆に、顔認証やクラウドコントロールなど最新技術を使って徹底して安全を高めており、治安の良い都市として全米トップ10にランクインしている。

 そもそも、IRにとって、切っても切り離せないMICEを持ち込んだシェルドン・アデルソンの成功へのきっかけがテック系のイベントだった。フォーブスの世界長者番付で2007年には世界6番目の億万長者になったアデルソンは、これまでに50以上のビジネスを立ち上げているが、大きく飛躍したのは1970年代後半に友人と立ち上げたコンピュータ関連の展示会であるCOMDEXで、第一回目の展示会は1979年。1980年代~1990年代の最大級のコンピュータ展示会であり、1995年にはアデルソンと仲間はCOMDEXを含めたThe Interface Group Show Divisionを日本のソフトバンクに8億6,200万ドル(1,810億円)で売却し、アデルソンは5億ドル(1,050億円)以上を得たのだが、これが現在のラスベガス・サンズの基礎になっている。

 1989年、アデルソンと仲間はラスベガスに進出。フランク・シナトラやラット・パックの行きつけの場所として有名だったサンズ・ホテル・アンド・カジノを買収した。さらに翌年、アデルソンたちは、サンズ・エキスポ・アンド・コンベンション・センターを建設した(最初の運営はラスベガス・コンベンションセンター(LVCC)で、のちにラスベガス・サンズが直営することに)。そして、1991年に、彼がハネムーンでヴェネツィアを訪れた際、巨大リゾートホテルの構想を思いつき、サンズ・ホテル・アンド・カジノを取り壊して、1.5億ドル(169億円)をかけて、ヴェネツィアをテーマとしたカジノ・リゾートである ザ・ベネチアンを1999年に開業、2003年に1,013室のスイートルームを持つ別館棟であるベネチア・タワーを開業させ、ホテルは4,049室のスイートルーム、18軒のレストラン、ゴンドラのある運河を持つショッピングモールが生まれた。

 こうして、1989年~2003年にかけて、現在のMICEを中核とした統合型リゾート(IR)が、アデルソンによりラスベガスに発明されたのだ。サンズ・コンベンションセンターとベネチアン・パラッツォは、MICE・IRのはしりであり、大規模なITイベントで今も定番の会場だ。その後は、他のカジノも続々とコンベンション施設を強化し、ラスベガス・サンズ型のIRが広まっていった。スタートがCOMDEXだったこともあり、IT産業が花形だったこともあり、先に触れたように、テック系の巨大コンベンションがラスベガスに集中してきた経緯があって、「ジェイソン・ボーン」の舞台に選ばれたのだ。今は新型コロナウイルス感染症の直撃を受けて大型コンベンションが次々と中止や延期されているが、新しいルールや技術を使って、再開に向けて動き出しているところだ。

2016年、NYのイベントに参加したシェルドン・アデルソン

巨大なサンズ・コンベンションセンター
 

ラスベガス・ストリップの最新型カーチェイスの最後はリビエラ・ホテルへ!

 さて、映画の話に戻ると、アリアでのサイバー・コンベンション、EXOCONで開催されたディープドリーム社のスポンサードシンポジウムのテーマは「個人の権利と治安について」。ゲストはデューイCIA長官で、カルーアCEOとパネルディスカッションを行うことになっていたが、カルーアは、急遽先に挨拶をし、CIAとの過去の関りとアイアンハンド作戦を暴露し始め、アセットに狙撃されるが、これをボーンに阻止された。この後、大混乱のアリアの中で、デューイ長官は部下に射殺され、逃亡した父の仇のアセットをボーンが追うのだが、アリアを包囲していたラスベガス警察のSWATの特殊走行車両をアセットが奪い、それをボーンがスポーツカーで追う展開に。以前の連載で紹介した「007/ダイヤモンドは永遠に」ではフレモント・ストリートで派手なカーチェイスを繰り広げたが、今回はラスベガス・ストリップでの大きくグレードアップされたハイパー・カーチェイス。

 アリアや、エッフェル塔や凱旋門、青いアドバルーンが有名なパリスなどの前を2人は失踪、逆車線に出たボーンが逆走しながら並走し、アセットの特殊装甲車が他の車を弾き飛ばしながら激走とラスベガスでの撮影が信じられないシーンの連続で、ここに警察のヘリからの映像という趣で空撮も入るのが刺激的。映画中のパリスの看板には、ミュージカル「ジャージー・ボーイズ」が読み取れる(2009年からパラッツォで公演され、2012年からパリスで公演)。車のパワーが違うため、追いついても中々止められないアセットを、ボーンは少し高くなっているバリーズのエントランスを上っていきジャンプ、一気にアセットの装甲車に乗り上げると、そのままに上下に重なった2台はリビエラ・ホテルに突っ込んでいき、ゲーミング・ゾーンでついに止まる。そう、リビエラ・ホテルは、まさに映画が公開された2016年に破壊解体ショーで爆破されるのだが、撮影時にはすでに閉店していたのをこの撮影の為に復元し、また破壊したわけだ。このホテルは「クレージー黄金作戦」でクレージーキャッツ一座がショーを披露した場所だ。

 思えば、ボーンこと、マット・デイモンは「オーシャンズ11」シリーズでもジョージ・クルーニー演じるオーシャンの弟分としてラスベガスで活躍するわけだが、今回は主役だ。映画全編249分のうち、ラスベガスは46分(18%)。リアルで濃厚な描写が人気のシリーズに、まさに今のIRが濃縮されている。

夜のラスベガス・ストリップ。中央の青いアドバルーンやエッフェル塔がパリス。CC2.5

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