【IR映画ガイド】韓国でのIR開業とそのプロモーションについて学ぶ「リアル」 (2/2)

二上葉子

韓国カジノをアジアに発信する映画ビジネス

 「リアル」は、主人公がカジノ経営者という設定なので、当然ながらカジノやホテルでのシーンがとても多い。それもそのはず、作品には韓国カジノオペレーター最大手パラダイス・グループが出資しており、インチョン(仁川)に新たに建設したIR「パラダイス・シティ」の開業(2017年4月20日)に合わせて製作された映画なのだ。韓国では2017年6月28日に公開された。このIR施設は、韓国のパラダイスと日本のセガサミーホールディングスとの合弁事業ということでも知られる。

 劇中にはパラダイス・シティはもちろん、ソウルの漢江のほとりにあるパラダイス・ウォーカーヒルも登場。撮影には、パラダイス・シティに併設されたスタジオも使われた。映画内のカジノフロアはセットなので、パラダイス・シティのカジノとは内装は異なるが、きらびやかな雰囲気はよく伝わってくる。

 また、中国での映画展開を前提として、本作のメインの出資者に、中国のアリババ・ピクチャーズも名を連ねた。アリババ・ピクチャーズの出資は2015年に決定、同社による韓国映画への出資の初めてのケースであった。出資決定時点で、ハリウッドのメディアでも、人気の韓国コンテンツの独占的な権利を得て、アリババ・グループのリソースを活用した中国国内でのビジネス展開を見込んでいるとして報じられた。パラダイス・シティのカジノは外国人向けであり(国内客はカジノへの入場禁止)、顧客はアジア圏、特に中国人観光客がターゲットなので、映画による中国での展開を重要視していたようである。

 そのことは映画のキャスティングでもよくわかる。リアルで主役を演じたキム・スヒョンの代表作の一つ、ドラマ「星から来たあなた」(2013年)は韓国国内で社会現象を巻き起こした作品なのだが、ドラマ版権はアジア15か国に輸出され、特に中国で大ヒットした。物語は、素性を隠しながら地球に暮らす“宇宙人”と、ワガママだけれどどこか憎めない“トップ女優”とのラブストーリーという突飛な設定。最初はこんなのあり得ないと思えても、スター脚本家パク・ジウン(最新作は「愛の不時着」)の手にかかれば、コミカルで、でも切なくて、目が離せない物語になるのだ。

 この「星から来たあなた」の大ヒットにより、キム・スヒョンは中国で爆発的な人気を得て、「リアル」製作段階の2016年、最も中国で稼いだ韓流スターランキングでは1位に輝き、当時、中華圏で約30社の広告モデルに起用されていた。製作側は、大人気のキム・スヒョン主演作であれば観客動員が見込めると考えたに違いない。

 しかし、豊富な製作費と人気キャストが揃っていても、すべてがうまくいくわけではない。アリババ・ピクチャーズが出資を決めた当初決まっていたイ・ジョンソプ監督(演出・監督として数多くのドラマ制作に関わる)は、制作途中で交代となってしまい、本作が初めての監督作となるイ・サラン監督が後半の作業段階から担当するという混乱があった。イ・サラン監督は主演俳優の従兄でもある。

 監督交代が作品の出来栄えにどれだけの影響を与えたのかはわからないが、結果、韓国国内での観客動員数は47万人という大惨敗。1000万人以上が大ヒット、数百万人台が中ヒットという韓国映画界で、人気スター作で47万人というのは厳しい数字だ。中国、台湾、香港、日本、アメリカ等でも公開されたが、興行収入は当初の目論み通りとはならなかった。

 熱演したキム・スヒョンにとっては、この「リアル」が軍への入隊前、最後の作品で、悔しい結果となってしまった。除隊後、今年に入って、tvNドラマ「サイコだけど大丈夫」で主役として本格的にドラマ復帰を果たしている。この作品はネットフリックスを通して190か国でも同時配信され、アジアをはじめ世界的に高い評価を受けている。この最新作を見て彼のファンになった人が、過去の主演映画を押さえておきたいと思って、「リアル」を視聴する流れはあるかもしれない。

 
IR敷地内にある最先端撮影スタジオ「STUDIO PARADISE(スタジオパラダイス)」 プレスリリースより
 

日本型IRでも参考になる広報戦略

 映画だけでなく、キム・スヒョンはパラダイス・シティの広報大使として開業時のキャンペーンに起用されていたのでご紹介したい。IR開業時は、韓国国内外の空港など目立つ場所に巨大な看板が出ていた。筆者は見るチャンスがなかったが、羽田空港にも巨大広告が出ていたそうだ。パラダイス・シティの各種広報物には彼の写真が必ずといっていいほど使われていて、IR内に設置された彼の蝋人形も、ファンの間で話題になった。

 このように広報大使やアンバサダーに国際的な有名人を起用して、認知度を上げていくという戦略は他のIRでも見られる。ラスベガス・サンズはデビッド・ベッカムをグローバルアンバサダーとして起用し、最近はマカオで新たにできる施設「ロンドナー」のPRなどを行っている。また、和歌山IRから撤退したフランスカジノ大手、グループ・バリエールは、俳優のジャン・レノを公式ブランド大使に起用して日本向けたキャンペーンを行っていたので、記憶しているJaIR読者も多いだろう。横浜IRへの参入を目指すメルコリゾーツ&エンターテインメントは、横浜でのIR開発に向けた整備活動において、テニスの大坂なおみをブランド・アンバサダー兼スポーツ・グループ・ディレクターに起用し、昨年秋に話題となった。
 

仏俳優ジャン・レノ(写真右)を公式ブランド大使に起用したバリエールの過去の取組み

【JaIR過去記事】和歌山のIRに手を上げたフランスのIR事業者、大阪至近はむしろ有利(2019年5月20日)https://jair.report/article/41/

 映画の製作や、有名人の広報大使起用といった韓国でのIR開業時の広報戦略は、日本型IRが実現した場合にも非常に参考になる。日本の規制ではカジノ自体の広告は禁止される見込みであるが、広告ではない形で、IRを舞台とした映画やドラマなどを開発して紹介する可能性は大いにあり得るだろう。

 しかし、プロモーションだと全面的にわかるコンテンツでは観客の支持を得られにくく、IRを登場させるにしても、そのさじ加減は難しい。映画「リアル」の事例では、出資金が多くても、スターの出演があっても、確実なヒットを生み出すことは難しいのだということをつくづく痛感させられる。この事例をポジティブに捉えるなら、ヒットの法則が読み切れないからこそ、多様なコンテンツ開発に挑戦する意味があるし、ときに低予算でも大化けするようなこともあるのだろう。そういう意味では、映画ビジネスは、カジノよりもヒリヒリするギャンブルなのかもしれない。
 

「リアル」の舞台となったパラダイス・シティ
 
Image from Amazon.co.jp
リアル(字幕版)


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