【IR映画ガイド】ラスベガスを浄化したとされている、謎の大富豪ハワード・ヒューズの真実に迫る「アビエイター」 (2/2)

塚田正晃(KADOKAWA)

 

ヒューズに憧れたディカプリオの夢が形になった映画

 20歳を迎える前に信じられないくらいの大金を手にし、古い体質の映画業界に新鮮な風を吹き込み、パイロットとしても飛行記録を次々に塗り変える。並行して技術者として飛行機の開発にも打ち込み、さらには航空会社を買収して経営に乗り出し、航空業界の一翼を担う。父から引き継いだ遺産をはるかに上回る資産を築き上げ、おまけに容姿端麗、ハリウッド女優と浮き名を流すプレイボーイ。

 誰もが夢に見るような人生を歩む彼は、多くのアメリカ人を惹きつけた。主演のレオナルド・ディカプリオもその1人で、10代の頃にヒューズの伝記を読んで以来ずっと憧れてきたという。役者の道を歩み始めてすぐに注目を集める存在となり、いつしかヒューズの物語を映画にしたいと願い始める。1997年の「タイタニック」の大ヒットにより23歳にして映画界で不動の地位を獲得すると、その強い思いと共に夢の実現に向けて動き始める。「インサイダー」の監督として知られるマイケル・マンを始めとする多くのハリウッドの才能が、ディカプリオの魅力的な夢に引き寄せられる。そしてディカプリオが主演した「ギャング・オブ・ニューヨーク」でメガホンを取った巨匠、マーティン・スコセッシもその輪に加わり、作品の監督を引き受けることになる。こうして出来上がった「アビエイター」は主演のディカプリオが起点となってスタートしたプロジェクトであり、彼の名前はエグゼクティブ・プロデューサーとしてスタッフサイドにもクレジットされている。

レオナルド・ディカプリオとマーティン・スコセッシ監督

 映画はヒューズが最もギラギラしていた20歳から40歳の約20年間にスポットが当てられている。ここで描かれているヒューズのビジネスに対する姿勢をまとめてみると「徹底的に情報を集め分析し、問題を解決していく」「守るべきルールに則ってその中でフェアに戦う」「相手がフェアでない場合は、同程度までのアンフェアは許容する」「ルールに問題があればそれを変える策を追求する」「金のためではなく、夢のため、設定したゴールのために全力を尽くす」。こうした考え方の全てがアメリカ的であり、人々を惹きつけて止まない部分だと思われる。

 ヒューズについて語られた書物や映像作品はとても多く、みんなが知っているヒーローの映画化に対して、スコセッシ監督は当初あまり乗り気ではなかったようだ。が、それまであまり表に出ていなかったヒューズの影の部分を描き出した脚本に惹きつけられたという。この映画の重要な要素は「ハンサムで活気に満ち、頭も良い若者が、自分の欠点に悩む男になった」という点にあると語っている。

 映画は母親から感染症の怖さを教えられる幼少期のシーンから始められる。これが一生つきまとうトラウマとなる。遺伝による難聴もコンプレックスとなり、華やかな表の顔の裏側で、現代であれば強迫性障害や発達障害と診断されたであろう心の病に苦しむ。さらに試作機の墜落事故に起因する後遺症と薬物依存。こうした様々な欠点に悩まされ、たった一人、部屋に引き籠もる生活をする様子も映し出される。常にヒューズにつきまとう、「変人の大富豪」という一般的なイメージの実態はどんなものなのか、なぜそうなったのか。そのあたりをこの映画を通じて感じ取ることができるだろう。

 

1967年、いよいよラスベガスの買い占めを始める

 映画のエンディングから20年。主にTWAの経営に力を注ぎ、世界的な大企業に育て上げるが、その強引な手法が役員会との間に亀裂を生む。ヒューズは追われるように全ての株を手放し、経営から手を引くことになる。TWA株と引き換えに得た5億ドル(当時のレートで約1,500億円)を加え、総額20億ドル(同約6,000億円)にまで膨れ上がった資産とともに、1966年、新たな居場所を求めて突然ラスベガスに現れる。デザート・インの2フロアを借り切って定住するが、実はTWA時代にもフラミンゴの一角を借り切ってここを中心に暮らしていたので、街と全く縁がなかったわけではない。

 1967年のある日、デザート・インからハイローラーのために部屋を明け渡すことを要求されたヒューズは、それを拒否する手段としてそのままホテルを買収してしまう。そこから急激に街の買い占めが始まり、デザート・インを中心にサンズ、フロンティアとその一帯のカジノホテルを次々に買収。ラジオ局や空港まで買収し投資額は1億ドル(約300億円)を超え、街の2割を手中に収めたとされる。それでも総資産の1割にも満たない投資なのだから驚かされる。どこかの段階で3つ目の夢もとっくに叶えられていたようだ。

 この頃のヒューズは「アビエイター」に描かれていた以上に心の病が進行していたようで、当時の彼の奇行に関する噂話はいくらでも見つかる。どこまでが真実でどこからが都市伝説か、本人以外にはわからないが、少なくともほとんど人前に姿を現さず、電話一本でこれだけ大規模な買い占めを実行していたことは事実のようだ。デザート・インに定住した当初はTWAへの返り咲きを画策していたようだが、デザート・インの買収で、新たなゲームを見つけ、彼の中でなんらかのゴール設定がされたのかもしれない。マフィアのルールで運営されていたラスベガスの問題点を把握し、事業参入ルールの変更を中心とした法整備を議会に働きかける。ヒューズがラスベガスに投資を始めたことは全米の注目を集め、マフィアの存在に頭を悩ませていた市議会、州議会も当初はこれを歓迎した。が、そのスピードのあまりの速さに、逆に街を牛耳られる危機感を覚える。デザート・インの斜め向かいに建っていたスターダストの買収にかかると、独占禁止法を理由に待ったがかかる。スターダストといえば同じくスコセッシ監督が描いた映画「カジノ」のモデルになった、マフィアの息がかかったホテルだ。この時にヒューズが買収していたら、この映画は生まれていなかったかもしれない。

 ヒューズがラスベガスに滞在し、大規模な買い占めを実施したのは1967年から70年までのたった4年の出来事だった。彼がラスベガスで目指したゴールが何だったのかは知る由もないが、「アビエイター」に描かれている彼の生き方を見ると、それは単なる「街の浄化」でないことは確かだろう。が、彼がゴールに向かって動き続けたことが結果として大資本参入のハードルを下げ、マフィアの排除につながったことは間違いない。現在の大資本、巨大オペレーターが支えるラスベガスをはじめとする世界中のカジノやIRといったビッグビジネスへの道筋を作ったという意味でも、ヒューズの存在はとても大きなものだったと言えるだろう。映画はヒューズが「未来への道」とうわ言のように繰り返すシーンで締めくくられている。ヒューズは1976年に70歳でその生涯を閉じるが、彼が亡くなった今もその延長線上にIRがあり、引き続き未来への道が拓かれていく。

 

「アビエイター」関連のおまけの映像情報を2つ

 極めて蛇足情報だが「カジノ」にも主演するスコセッシ映画の常連ロバート・デ・ニーロとスコセッシ、ディカプリオの3人が共演したTV-CMがある。スコセッシが2人をマニラに招き、今度の映画の主役を争わないか? というストーリーで、2015年にオープンしたメルコのIR「シティ・オブ・ドリームス・マニラ」のオープニングCMだ。残念ながらもう見ることのできない映像だが、巨額の制作費の大半が3人のギャラだったという超豪華キャストによるCMで、こうしたCMを作ることができるビッグビジネスの下地を作ったこともヒューズの功績の一つと言えるだろう。さらにこのCMをベースに、実際に16分のショート・ムービーも作られており、こちらにはブラッド・ピットまで出演している。

 そして最後にもう1本映画をご紹介しておきたい。1970年、ラスベガスの大規模買収を突然中止し、街を離れたヒューズの姿は完全に謎に包まれ、相変わらず彼のゴシップ記事が様々な雑誌を賑わしていた。そんな中でヒューズのニセの自伝を出版するという、全米の注目を集めた詐欺事件が起きている。事件を引き起こした犯人自身が事の顛末を書き記した「ザ・ホークス」という本が出版され、リチャード・ギアの主演で映画化までされている。捏造作家に騙される編集者が「この本は聖書より売れる」と興奮する様子に、当時のヒューズの人気ぶりを感じるとともに、人前に姿を現さない謎の男だったからこそ巧妙な詐欺事件が成立したことが興味深い。「アビエイター」とは違った角度で当時のヒューズのイメージをつかむことができる作品なので、彼に興味があればぜひこちらもご覧になることをお勧めしておく。

「ザ・ホークス ハワード・ヒューズを売った男」(2006年 アメリカ)
https://movie.walkerplus.com/mv47820/


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