【IR映画ガイド】ポーカーの華、テキサス・ホールデムを極める「007 カジノ・ロワイヤル」 (2/2)

JaIR編集委員・玉置泰紀

 

映画「カジノ・ロワイヤル」の超スリリングな駆け引き

 「007 カジノ・ロワイヤル」のテキサス・ホールデムが、その時点でのシリーズ最大の興行成績を納めるほどのコンテンツになりえたのは、心理戦、駆け引きのリアリティと緊張感が生み出した賜物と言える。

 テロリストの銀行家と言われるル・シッフルは、世界中のテロに資金を提供し、彼らが起こす事件をインサイダーで知っていることから、様々な組織から預かっている資金で株を空売りして莫大な利益を得ていた。ところがマイアミ空港での世界最大の旅客機のお披露目の場で旅客機を破壊するテロ工作がジェームズ・ボンドに阻止され、これまでは前日に大量に空売りして、テロで株が暴落して儲けていたのが失敗して、1億120万6,000ドル(118億4,110万円)の損失を出した。黙って使っていた顧客の各組織の資金の穴を埋めないと殺されることから、テキサス・ホールデムのトーナメントを開くことにした。

 ル・シッフルはアルバニア人でチェスの天才。数学に強いことから、このゲームに圧倒的な自信を持っていた。世界から大富豪10人を、参加するのに最低のチップ1,000万ドル(11億7,000万円)を用意することを条件に、モンテネグロのカジノ・ロワイヤル(映画の架空のカジノ)に集めた。1,000万ドルを失った場合、電子送金で500万ドル(5億8,500万円)追加することが可能で、最終的に総取りすると最大で1億5,000万ドル(175億5,000万円)になるわけで、一気に損失を取り返そうとしたわけだ。逆にジェームズ・ボンドとイギリス政府は参加に必要な1,000万ドルを用意して乗り込み、ル・シッフルに勝つことで、彼の逃げ場をなくし、身の安全と引き換えに世界中のテロ組織の情報を得ようとした。そして、世紀の対決が始まる。

 政府の資金を使ったボンドの賭けを監視するため、財務省の金融活動作業部会から派遣されたヴェスパー・リンド(エヴァ・グリーン)がボンド・ガールとして活躍するが、モンテネグロに行く列車の中で、ヴェスパーに、ボンドはテキサス・ホールデムの極意を話す。ヴェスパーに「ポーカーに勝つのは確率の問題。運の問題なの?」と聞かれ、ボンドは「しかし、一番いい手のやつが勝つとは限らない」と答え、それは「ブラフ、つまり、はったり、ということ?」と重ねて質問されて、「勝負の決め手は手札じゃない。相手との駆け引きだ」と、答える。さらに、「相手の心は読めるの?」と聞かれ、「ああ、読める」と答えて自信を見せるのだが…。

 カジノ・ロワイヤルでは、掛け金はバーゼル銀行が預かり、10人のプレイヤーがゲームを始める。映画では丁寧に、プリフロップ、フロップ、ターン、リバーを見せていくが、ショー・ダウンは最後の対決まで見せない。前半はボンドが有利で進み、ル・シッフルのブラフの癖を見破ったと喜ぶボンドはドライ・マティーニを注文しようとしてやめ、有名なカクテルを注文する。ゴードンズ(ジン)を3にウォッカを1、アペリティフ・ワインのキナ・リレを加え、冷たくシェイクし、レモンピールのスライスを加える。ここは、原作小説に実際に出てくるレシピで、ボンドは、このカクテルをヴェスパー・マティーニと名付けたが、人気になって実際に定番のカクテルになっている。2006年のこの映画公開時にカクテルの人気がまた盛り上がった。ヨーロッパのカジノは、超VIPがタキシードやイブニング・ドレスで着飾り、飲み物もこだわって楽しむという空気感がよく出ている。

 さて、ル・シッフルのブラフの癖は罠だった。ボンドは持ち金をすべて失い、追加送金もヴェスパーに断られ万事休すが、アメリカのCIAから参加していたフェリックス・ライターが資金を貸してくれたため、ゲームを続行し、途中、毒を盛られたりもするが、最後はボンドとル・シッフル、もう一人のプレイヤーの3人が残りを全て賭けるオールインの戦いに。この時ボンドが賭けたのは4,050万ドル(47億3,850万円)で、3人分で1億1,500万ドル(134億5,500万円)の勝負になった。手札を見せるショー・ダウンで、1人目はフルハウス、2人目のル・シッフルは上位のフルハウスで勝利を確信して笑みを漏らすが、ボンドはストレートフラッシュ。映画でよくあるような、あり得ないようなイカサマはなく、確率と駆け引きのひりつく勝負で終わる。

 因みに、ディーラーを演じるアンドレアス・ダニエルは、本物のカジノのディーラーで、バハマのカジノ・シーンでディーラーを演じた女性も本職のディーラーでピットの最高責任者ということで、このあたりもリアリティを醸し出していた。

 舞台のモンテネグロは、映画が公開された2006年6月3日に独立を果たしていて、アドリア海に面した海岸線にはカジノも多くある。映画のカジノ・ロワイヤルは実際はチェコの温泉保養地、カルロヴィ・ヴァリのグランドホテル・プップで撮影された。

 この映画で最高のスタートを切ったダニエル・クレイグのボンドは、2015年の「スペクター」まで4作を重ね、毎回、これで降りるとうわさされながら、第25作の「ノー・タイム・トゥ・ダイ」が控えているが、新型コロナウイルス感染症のため、今年4月予定だった公開が延期され、現時点で、日本とアメリカは2020年11月20日公開、イギリスは2020年11月21日公開を予定している(※その後、10月2日に公式サイトにて公開再々延期が発表された。新公開日は2021年4月2日)。監督は日系アメリカ人のキャリー・フクナガ。

 また、原作の「カジノ・ロワイヤル」はイアン・フレミングの007シリーズ第一作で人気の高い作品だったが、1967年に、コロムビア映画(現ソニー)が、パロディ的な作品として映画化していたため、それまでのMGMとイオン・プロダクショングループで映画化できなかったのだが、ソニーがMGMを買収したために可能になった作品でもある。なので、映画冒頭のシーンでは殺しのライセンスを取る前のボンドで、彼が一人前の007になっていく映画にもなっていて、シリーズのリブートとぴったりだった。

「カジノ・ロワイヤル」が撮影されたチェコ西部の世界的な温泉保養地カルロヴィ・ヴァリ(ドイツ語ではカールスバート)。CC
 
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