安倍内閣とIRを振り返る

JaIR編集委員・玉置泰紀

 安倍晋三内閣は第一次が2006年9月26日から2007年9月26日、第二次が2012年12月26日から現在までに至り、併せて9年弱になる。8月28日に病気を理由に辞任表明をし、9月14日には自民党の後継総裁を決める総裁選が行われる。次期総理、次期内閣によって、停滞している統合型リゾート(IR)がどう進捗していくのか注目されるが、改めて、安倍内閣でのIRの動きを振り返ってみたい。


 

IRは、安倍総理の成長戦略の柱に

 安倍内閣の一次と二次の間に民主党政権が、2009~2012年に入っているのだが、2011年11月には、民主党内閣部門会議に「統合型リゾート(IR)・カジノ検討ワーキングチーム(WT)」(座長=田村謙治・衆院議員)を設置していて、民主党政策調査会の中でカジノ創設に向けた議論をスタートさせている。2011年11月25日の初会合には、超党派の「国際観光産業振興議員連盟」会長の古賀一成・衆院議員も参加しており、IRへの具体的な取り組みは、このあたりから始まった。

 民主党の野田佳彦内閣が2012年12月16日の第46回総選挙で大幅に議席を減らし、安倍第二次内閣が12月26日に発足した。

 2011年には民主党政権下で、IRへの検討が始まったわけだが、これに大きな影響を与えたのは、シンガポールであろう。民主党の「統合型リゾート(IR)・カジノ検討ワーキングチーム(WT)」初会合でも、有識者として参加していた当時博報堂の栗田朗氏(現ハードロック・ジャパン)は、シンガポールの状況を説明している。マリーナベイ・サンズが全面開業したのが、2011年2月17日。今のIRのコンセプトが固まったのはシンガポールと言われているが、ノンゲーミングの比重が大きく、MICEや観光に重点が置かれた仕組み作りに至る道は容易ではなかった。1985年、2002年にカジノ開設の議論が盛り上がったが、当時の有力者により却下され、2004年にシンガポール通商産業省がカジノ開設を提案し、2005年に漸くカジノ合法化が閣議決定されるという紆余曲折を経ている。中国経済の台頭、マカオにおけるカジノ観光産業の飛躍も影響したと思われる。

 アメリカ合衆国の非営利・独立系の報道機関、プロパブリカなどによると、マリーナベイ・サンズを持つラスベガス・サンズのシェルドン・アデルソン氏は、最初はドナルド・トランプ大統領に懐疑的だったが、後に彼の選挙運動と就任イベントに2,500万ドル(約29億円)を拠出し、2018年の中間選挙でも、共和党に対し5,500万ドル以上(約62億円)を寄付している。アデルソン氏はまた、トランプ大統領の義理の息子、ジャレッド・クシュナー氏、ジャレッド家とも密接な関係にあるという。2016年11月8日、大統領選には勝利したが、まだ就任前のトランプ大統領を、安倍総理が電撃的にニューヨークのトランプタワーを訪ね、世界の首脳の中でも最初に選挙後初の会談を行ったが、プロパブリカは、この会見実現にアデルソン氏が影響した可能性があると報じている。

 ただし、2020年1月27日午後の衆院予算委員会では、野党共同会派の江田憲司氏の質問に対し、安倍総理は、「今日に至るまで、トランプ米大統領からIRに関する要請を受けたことは一切ない」と説明。また、立憲民主党の大串博志氏への答弁で、2017年2月に、アメリカのトランプ大統領を訪問した際の朝食会で、アメリカのカジノ事業者と意見を交わしたことを明らかにしたが、事業者からの参入要望は「一切なかった」とも述べている。

 2014年5月30日に、安倍総理はマリーナベイ・サンズを視察しているが、以下のように感想を述べている。

「初めて視察したが、私のイメージはだいぶ変わった。世界からの観光客を1,000万人から2,000万人に倍増していく目標を、2020年の東京オリンピック・パラリンピックまでに達成したいと思うが、こうした施設は日本の成長戦略の目玉になる」
「カジノを導入するかどうかではなく、日本の魅力をよりパワーアップするために何をするべきか。世界から人を呼ぶための競争力を上げるためにどうするべきかという観点から検討を進めてもらいたい」

*安倍総理のコメントは、「統合型リゾート(IR)とは? これまでの経緯とIR推進法可決後について ビジネスクリエータ研究学会・IRビジネス研究部会(10・26)美原融 大阪商業大学教授・同アミューズメント産業研究所所長」より
http://www.business-creator.org/wp-content/uploads/2014/10/gakkai13thmihara.pdf

 このように、シンガポールの二つのIRの成功、マカオのIRの大規模な開発もあり、2014年6月24日に閣議決定した「成長戦略」で、安倍政権は、IRの検討を進めると初めて明記した。「成長戦略」の「戦略市場創造プラン」に、カジノは「観光振興、地域振興、産業振興等に資することが期待される」とし、犯罪防止・治安維持、青少年の健全育成、依存症防止などの観点から制度上の検討も必要としつつ、「関係省庁において検討を進める」とした。しかし、現行の日本の法制度ではカジノが違法であるため、カジノの法制度化が必要だった。これが大きく動いたのは2016年12月15日の衆議院本会議で成立した「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律」(IR推進法)。2002年に自民党の国会議員有志によるカジノ議員連盟が発足して以来、ついに法制度が動いた。

 その後、2017年3月24日に、政府はIRの導入に向け、安倍総理を本部長とする「特定複合観光施設区域整備推進本部」を立ち上げた。2018年4月27日には、政府がIR実施法案を閣議決定。2018年7月20日に、参議院本会議で、IR実施法案が自民党・公明党・日本維新の会などの賛成多数で可決・成立した。

 現状は、2019年11月に基本方針(案)は発表されているが、案ではない「基本方針」自体は2020年7月には公布・策定されるとみられていたが、新型コロナウイルス感染症の影響で、時期未定で延期になっており、各自治体も、基本方針策定を受けて、募集要項を固め、それぞれ事業者(コンソーシアム)を選び、政府に対して認定申請するという段取りが大きく遅れている。来年の認定申請期間2021年1月4日~7月30日にも影響してくる可能性が出てきている。

 安倍総理が道筋をつけたIRだが、感染症対策を踏まえつつ停滞する中、今回の辞任となり、次期総理にバトンが渡された。安倍総理は2020年6月9日の衆院予算委員会で「感染症の収束後は観光が再び回復していくと見込まれる。IRは観光先進国の実現を後押しするものだ」と、コロナ禍を乗り越えて、IRを進めていくことを述べていたが、有力候補とされる、安倍政権を支えてきた菅義偉・官房長官は、経済政策など、安倍政権を継承するとしており、テレビなどで、「IRは観光政策を進める上で必要不可欠。政府としてIRを進めていこうと考えている」と明言をしている。


辞任表明をした安倍総理


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