連載4回目の今回は、IRという言葉と概念を生んだ国「シンガポール」を舞台にした「クレイジー・リッチ!」。コメディ・タッチのラブ・ストーリーで、直接的な描写はないものの、IR関連の情報量がとても多い作品だ。*ネタばれあり
「クレイジー・リッチ!」(2018年 アメリカ)
https://movie.walkerplus.com/mv64510/
そして2010年、「マリーナ・ベイ・サンズ」と「リゾート・ワールド・セントーサ」という2つのIRが誕生する。3本の高層ビルの上に船を載せたような形のマリーナ・ベイ・サンズは完成と同時に世界中の注目を集める。それまでの「シンガポールと言えばマーライオン」というイメージを一瞬で塗り替え、街のアイコンの座を奪い、インスタ映えスポットとして世界中に拡散されていく。もちろんこの映画の中でも象徴的なシーンとしてしっかりと描かれている。
原作となった小説「クレイジー・リッチ・アジアンズ」はシンガポール出身の作家、ケビン・クワンによって書かれ、2013年にアメリカで出版。世界的なベストセラーとなる。映画化にあたってはケビン自らも制作スタッフに名を連ね、設定もキャスティングも原作に忠実に沿った形で進められた。その結果、ハリウッド映画ながら舞台の大半はシンガポール、出演者全員が中国系アジア人、主役の2人は映画的にはほぼ新人と、それまでの成功パターンをことごとく無視した作品に仕上がる。それでも2018年に全米で公開されると、興行収入約240億円という大ヒットになり、ハリウッドの常識を変えたとまで言われる作品になった。
映画の中でも、クレイジー・リッチなパーティがこのエリアで2回撮影されている。一体開発された植物園「ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ」と、ホテルの屋上の「インフィニティ・プール」。その華やかな描写に、現在シンガポールで最もセレブが集う素敵な場所がマリーナ・ベイエリアであることを感じる。一方のセントーサはどちらかと言えばファミリーがのんびり寛げるイメージ。映画の中に明確に登場してくることはないが、ニックと親友コリンが喧騒から逃れて旧交を暖める海辺のシーンはセントーサで撮影されている。ただしCG合成が施されているため、実際にある風景ではないところが残念。
キラッキラなマリーナ・ベイと、寛ぎのセントーサという棲み分けができているところも、シンガポールにある2つのIRのバランスが取れていることがわかる。これほど注目を集める施設が、実はカジノの力で運営されていることを知る人は意外と少ない。この辺りもIRというコンセプトの妙と言えるだろう。
例えば冒頭のシーン。人種差別的な理由で宿泊を拒否された一族が、その場でホテルごと買収して宿泊するという、まさにクレイジー・リッチを象徴する出来事から始まる。そんな馬鹿な…と思いきや、ラスベガスを作った男の一人、大富豪のハワード・ヒューズにも似たような武勇伝が残っており、あながち映画的な過剰演出とも言えないようだ。実際、映画を見たリアル・クレイジー・リッチたちの感想も「多少控えめだけど、よく調べている」だったとか。さらに一族の中にはIT企業社長、女優、映画プロデューサー、といったセレブたちがたくさん出てくる。最近、数兆円の遺産が話題になったマカオのカジノ王一族と被る部分も多く、そんな目線で観てみるのも面白い。
ニューヨーカーの恋人に街を紹介するという設定に沿って、チャンギ空港で親友の出迎えを受け、人気の屋台村ニュートン・フードセンターでB級グルメパーティ、宿泊は伝統的なラッフルズホテル、マーライオンに、チャイナタウン、リバー・クルーズと、次々に観光スポットが登場してくる。IRとともに、街中に魅力的な場所が溢れていることが感じられ、この辺りも日本型IRの設置場所選びの参考にされていくことだろう。
シンガポールはこの2つのIRの開業から5年でインバウンド客を1.5倍に増やし、インバウンド収入は約2倍に増えている。懸念されたネガティブ要素の封じ込めにも成功し、当初狙ったIR設置の効果は確実に出せたと言えるだろう。残念ながら現在は新型コロナウィルスの影響で2つのIRは大きなダメージを負っている。このまま下降線をたどってしまうのか、アフター・コロナに向けた大きな力になっていくのか。どちらにせよ日本型IRの今後に大きな影響を与えていくことになるはずだ。
■シンガポール関連レポート
【新型コロナのIRへの影響レポート】シンガポール 6月18日版
https://jair.report/article/339/
シンガポールの事例で見る「IRで地元企業は潤うか?」
https://jair.report/article/219/
ラスベガスと対照的なマリーナベイ・サンズでのカジノの存在
https://jair.report/article/208/
【JaIR特選!IRを実感できる映画ガイド】は毎週金曜日にアップします。次回、6月26日は「ラストベガス」です。
■連載バックナンバー
映画を観て徹底的にカジノを感じる JaIR流ステイホームの過ごし方
https://jair.report/article/322/
第1回「バグジー」-ラスベガスを作った男の華麗で危険な香りいっぱいのロマンスを描く
https://jair.report/article/323/
第2回「オーシャンズ11」ークールでイケイケの”ラスベガス像”を作った大ヒット映画
https://jair.report/article/321/
第3回「ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い」-ラスベガスらしさ全開の大ヒットコメディ
https://jair.report/article/335/
https://movie.walkerplus.com/mv64510/
2010年、IRの誕生でシンガポールは大きく成長した
シンガポールは2004年にカジノの導入検討を表明。日本同様、「カジノ」に対するアレルギーは強く、反対する声も多かったが、「我々は単なるカジノを作るのではなく、IRを作るのだ」というシェンロン首相の言葉に牽引され、大きく前に進み始める。ここからIR(統合型リゾート)という概念が整えられ、その言葉とともに世の中に浸透していくことになる。そして2010年、「マリーナ・ベイ・サンズ」と「リゾート・ワールド・セントーサ」という2つのIRが誕生する。3本の高層ビルの上に船を載せたような形のマリーナ・ベイ・サンズは完成と同時に世界中の注目を集める。それまでの「シンガポールと言えばマーライオン」というイメージを一瞬で塗り替え、街のアイコンの座を奪い、インスタ映えスポットとして世界中に拡散されていく。もちろんこの映画の中でも象徴的なシーンとしてしっかりと描かれている。
単なるシンデレラ・ストーリーにはならなかった理由
物語の主人公は、中国系アメリカ人で、ニューヨーク大学最年少教授の才媛レイチェル。ある日恋人のニックに彼の故郷、シンガポールへの旅に誘われる。親友の結婚式に出席するための帰国だが、自分の家族、仲間、育った街、全てを見て欲しい…という思いを受け入れて一緒に行くことを決める。が、ごく普通のシンガポール人だと思っていたニックは、実は長い歴史を持つ由緒正しい不動産王一族の御曹司、しかもシンガポール社交界のプリンスだった。思いがけずクレイジー・リッチ(気が遠くなるほどのお金持ち)な世界に放り込まれることになったレイチェルの戸惑いと葛藤。アジア的な家族愛、伝統と格式、それを守っていく自覚と責任、さらには庶民がどんなに頑張っても超えられない壁、様々な要素を盛り込むことで、単純なシンデレラ・ストーリーにはならない巧みな設定が観る者を惹きつける。原作となった小説「クレイジー・リッチ・アジアンズ」はシンガポール出身の作家、ケビン・クワンによって書かれ、2013年にアメリカで出版。世界的なベストセラーとなる。映画化にあたってはケビン自らも制作スタッフに名を連ね、設定もキャスティングも原作に忠実に沿った形で進められた。その結果、ハリウッド映画ながら舞台の大半はシンガポール、出演者全員が中国系アジア人、主役の2人は映画的にはほぼ新人と、それまでの成功パターンをことごとく無視した作品に仕上がる。それでも2018年に全米で公開されると、興行収入約240億円という大ヒットになり、ハリウッドの常識を変えたとまで言われる作品になった。
一体開発されたマリーナ・ベイエリアはセレブも愛する人気スポット
脇を固めるキャストの中で最も印象的なのは「007/トゥモロー・ネバー・ダイ」でボンドガールを務めたミシェル・ヨー。ちなみに、彼女の夫はFIA(国際自動車連盟)のジャン・トッド会長。つまり私生活でもクレイジー・リッチ。ニックの厳格な母親エレノア役を好演していて、さすがの存在感を示している。さらに映画とは全く関係のない脇道情報だが、そのFIAが主催するF1GPは2008年からシンガポールでも開催されている。マリーナ・ベイエリアの公道を使った市街地サーキット、しかも唯一のナイト・レースは話題を集める。この辺りも国策であるIRを中心にした、ベイエリアの再開発事業が用意周到に進められて来たことが感じられる。映画の中でも、クレイジー・リッチなパーティがこのエリアで2回撮影されている。一体開発された植物園「ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ」と、ホテルの屋上の「インフィニティ・プール」。その華やかな描写に、現在シンガポールで最もセレブが集う素敵な場所がマリーナ・ベイエリアであることを感じる。一方のセントーサはどちらかと言えばファミリーがのんびり寛げるイメージ。映画の中に明確に登場してくることはないが、ニックと親友コリンが喧騒から逃れて旧交を暖める海辺のシーンはセントーサで撮影されている。ただしCG合成が施されているため、実際にある風景ではないところが残念。
キラッキラなマリーナ・ベイと、寛ぎのセントーサという棲み分けができているところも、シンガポールにある2つのIRのバランスが取れていることがわかる。これほど注目を集める施設が、実はカジノの力で運営されていることを知る人は意外と少ない。この辺りもIRというコンセプトの妙と言えるだろう。
映画を通してIRの上顧客、富裕層の暮らしぶりを垣間見てみる
コロナ前、シンガポールをはじめ、マカオ、マニラ等々、アジアのカジノを支えているのは中国系の富裕層だった。いずれ元の形に戻るとするならば、日本型IRもこの層をどれだけ取り込めるかが重要なポイントになってくる。この映画に描かれているのは「富裕層の中のさらに富裕層」で、彼らのクレイジー・リッチぶりにはずいぶんと驚かされる。例えば冒頭のシーン。人種差別的な理由で宿泊を拒否された一族が、その場でホテルごと買収して宿泊するという、まさにクレイジー・リッチを象徴する出来事から始まる。そんな馬鹿な…と思いきや、ラスベガスを作った男の一人、大富豪のハワード・ヒューズにも似たような武勇伝が残っており、あながち映画的な過剰演出とも言えないようだ。実際、映画を見たリアル・クレイジー・リッチたちの感想も「多少控えめだけど、よく調べている」だったとか。さらに一族の中にはIT企業社長、女優、映画プロデューサー、といったセレブたちがたくさん出てくる。最近、数兆円の遺産が話題になったマカオのカジノ王一族と被る部分も多く、そんな目線で観てみるのも面白い。
ニューヨーカーの恋人に街を紹介するという設定に沿って、チャンギ空港で親友の出迎えを受け、人気の屋台村ニュートン・フードセンターでB級グルメパーティ、宿泊は伝統的なラッフルズホテル、マーライオンに、チャイナタウン、リバー・クルーズと、次々に観光スポットが登場してくる。IRとともに、街中に魅力的な場所が溢れていることが感じられ、この辺りも日本型IRの設置場所選びの参考にされていくことだろう。
シンガポールはこの2つのIRの開業から5年でインバウンド客を1.5倍に増やし、インバウンド収入は約2倍に増えている。懸念されたネガティブ要素の封じ込めにも成功し、当初狙ったIR設置の効果は確実に出せたと言えるだろう。残念ながら現在は新型コロナウィルスの影響で2つのIRは大きなダメージを負っている。このまま下降線をたどってしまうのか、アフター・コロナに向けた大きな力になっていくのか。どちらにせよ日本型IRの今後に大きな影響を与えていくことになるはずだ。
■シンガポール関連レポート
【新型コロナのIRへの影響レポート】シンガポール 6月18日版
https://jair.report/article/339/
シンガポールの事例で見る「IRで地元企業は潤うか?」
https://jair.report/article/219/
ラスベガスと対照的なマリーナベイ・サンズでのカジノの存在
https://jair.report/article/208/
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クレイジー・リッチ!(字幕版) |
【JaIR特選!IRを実感できる映画ガイド】は毎週金曜日にアップします。次回、6月26日は「ラストベガス」です。
■連載バックナンバー
映画を観て徹底的にカジノを感じる JaIR流ステイホームの過ごし方
https://jair.report/article/322/
第1回「バグジー」-ラスベガスを作った男の華麗で危険な香りいっぱいのロマンスを描く
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第2回「オーシャンズ11」ークールでイケイケの”ラスベガス像”を作った大ヒット映画
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第3回「ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い」-ラスベガスらしさ全開の大ヒットコメディ
https://jair.report/article/335/