日本のカジノ管理委員会は警察ではない
玉置:こうしたカジノ規制の枠組みが生まれたのは、やはり北米での取り組みの実践が大きいのでしょうか?
美原:基本的には組織悪をどのように排除するか、どんな規制が考えられるだろうかを検討した結果、北米で生まれた考え方を踏襲しています。1960~1970年代、ギャングやマフィアの影響をいかに排除すればよいのかを念頭に、連邦政府が数十年に渡って精緻に組み上げた立法システムです。
具体的には、なにをやったのか? 基本的にはギャングやマフィアの居心地を悪くし、いられないようにし、退出を迫ったんです。その結果、マフィアに代替し、この業を支えたのは資金力のある健全な銀行、上場企業、証券会社、投資家などです。この業への参入は、自らの清廉潔癖性・健全を立証できることが前提で、コンプライアンスの概念や規則ができています。
だから、変な人や会社はIRカジノの業界に入ってこられないんですよ。ラスベガスにはギャングやマフィアがいっぱいというのは1960~1970年代の話で映画もこれを舞台にしています。今ではすべてが透明性の高い上場企業です。
玉置:カジノをビジネスにするプレイヤー自体が入れ替わったんですね。
美原:はい。いかにもアメリカ的な手法で、世の中をきれいにし、健全なエンターテインメントを構築し、産業として育成しようというわけです。その代わり、ちゃんと税金を納めさせ、悪い組織との関係を絶たせ、マフィア等を業から完璧に放逐してきたというのが、アメリカの歴史です。
玉置:なるほど。日本のカジノ管理委員会と、ネバダ州のゲーミング管理委員会、シンガポールカジノ規制庁との違いはありますか?
美原:規制の本質はどの国もあまり変わりません。規制を作って、免許を付与して、事業を監視することですね。ただ「法の執行」、英語で言うエンフォースメント(Enforcement)の機能を規制機関が持っているか否かで、性格が大きく異なります。
たとえば、日本のカジノ管理委員会は逮捕特権を持っていません。だから、警察ではありません。行政罰や罰金、免許剥奪等の権限は持っていますが、法律違反を理由に逮捕する権限は持っていません。そのため、日本のカジノ管理員会が法を執行するためには、警察や金融庁といった他の組織と連携する必要があります。規制と執行を分けるという考えはシンガポールも同じで、規模も日本に近いです。
しかし、ネバダ州のゲーミングコントロールボードは法の執行機能を備えています。メンバーは400人いますが、半数は警察です。だから不正を摘発したら、その場で逮捕です。上位にはゲーミング管理委員会がありますが、コントロールボードは事実上のカジノ警察といっていいでしょう。
日本も同じように執行機能を備えた方がいいのでは?という議論もあったのですが、ただですら強力な権限を持つカジノ管理委員会に逮捕までできる権限を持たせると「第二警察」になってしまうという意見があると共に、公安警察当局は当然問題外としましたね。
ディーラーのマニュアルのようなカジノ規制
玉置:実際にカジノ規制案を読んでみたのですが、分量も多いですし、手強かったというのが正直な感想です。
美原:読むだけでも大変で、普通の人はなにを言っているかわからないでしょうね(笑)。クロスリファレンスが多いので、法令と規則を交互に読まないといけない。プロでも1日かかるでしょう。外国人がこれを翻訳して理解できるのか疑問。たぶん、隣に弁護士がいないと難しいでしょう。
玉置:やはりそうですか。安心しました。これって量としては多いんでしょうか?
美原:今後もこの規則は増えていきます。現状は、法令で委任された項目を規定しているだけですが、これからは法令で書かれていない項目も必要なものがでてきます。規律自体が事業者間でバラバラになっても困る部分や規則自体をより深堀せざるを得ない側面もあります。だから量が多いか、少ないかでいったら、まあ当面はこんなもんで、これから増えていくという感じです。
ただ、内容に関しては、いろいろな捉え方があります。一番典型的なのは100ページ以上に渡って説明されているカジノ行為の方法ですが、まるでディーラーのマニュアルのよう。通常はあそこまで書きませんし、本来は事業者が作るものです。
玉置:なぜこうしたマニュアルのような規制を作ったのでしょうか?
美原:これは日本的な事情があると思っています。賭博行為を民間に委ねる以上、その方法は詳細に定義せざるを得ないだろうと。そうしなければ、なにが合法で、なにが違法じゃないかわからないし、民間の中には何でもできるということを主張している人もいるくらいですから、定義を明確化するために、ここまで定義したんでしょう。
それにしても「ここまでやるかね」というのが率直な感想。というのも、ミスもあり得るし、ローカルルールやルールの改正も将来的にはありますよね。実態に応じてルールは変わっていきます。
玉置:どうすべきだと思いましたか?
美原:規制当局が考えるべきは、たとえばハウスエッジ(カジノ事業者側の取り分)が含まれているようなゲームは果たして確率的に公正かどうか、事業者が不正をしていないかといった判断基準をもうけることなのです。可能性としては、胴元が必ず勝つようにルールを変えてしまうこともできるので、公平性を保つにはどうしたらよいかの判断基準のみを考えるべきなんです。
アメリカなどでは、見なければならないポイントは判断基準として規制で決めますが、ルール自体は事業者が提案し、これを認証します。規制当局の基準を満たしていれば、ルールは決められる裁量を事業者が持っているわけです。でも、日本はルールまで定義していますから、現場でこれを理解し、実践するのは結構大変でしょうね。