インバウンド回復の鍵は富裕層の取り込み 観光庁の報告書を読み解く (2/2)

JaIR編集委員 玉置泰紀

100万円以上を使う富裕旅行者は5万人弱 3/4は中国

 ここでの「富裕旅行者」の定義は、訪日旅行で着地100万円以上消費する旅行者を指す。コロナ前の2019年の調査になるが、訪日外国人旅行者約1300万人のカード決済データを分析し、旅行者が消費額から3階層に分類されている。すなわり、300万円以上を消費する富裕旅行者Tier1、100万円~300万円未満を消費する富裕旅行者Tier2、そして100万円未満の消費となる一般層という3つのセグメントだ。

 Tier1と呼ばれる富裕旅行者は約6000人で、平均消費単価はおよそ630万円、そしてTier2は約4万2000人で、平均消費単価はおよそ150万円となっている。Tier1・Tier2を合わせた富裕旅行者の平均消費単価は、およそ210万円となっている。ちなみに、今回の分析は現金・電子マネーでの支払いや国外での決済案件を捕捉できてないため、あくまで最低限の消費水準となる。そのため、消費100万円以上と整理している富裕旅行者の人数はこれよりも多いと推測される。

 国・地域別の消費金額分布を見ると、中国がもっとも多く(約75%)、以下10位までは米国・英国を除けばアジア諸国が占めている。また、香港、タイ、シンガポールについては、一般層での構成比より、富裕旅行者の構成比の方が大きいという事実が読み取れる。

 消費内容に関して、各セグメント(Tier1、Tier2、一般層)の業種別消費ランキングを見ると、一般層では、ホテル・旅館(オンライン含む)が消費のトップとなるが、Tier2では百貨店等での消費、Tier1では貴金属・時計等の消費が多い。
国・地域別の消費金額上位20か国。観光庁報告書より
 そして、報告書ではコロナ後に富裕旅行者の訪日促進に向けて取り組むべき「課題」として、以下の6点を挙げている。
 
① 上質な宿泊施設の開発促進 
特に、地方部には魅力があるコンテンツがあっても、適切な宿泊施設が見当たらず、海外エージェントが地方部に顧客を送客できない理由にもなっている。クレジットカード決済データの分析でも、地方部での宿泊施設の利用が少ないことが確認 されている。

② 富裕旅行者の関心に沿う観光コンテンツの造成 
富裕旅行者は、単なる名所見学や文化体験、食事を超えた体験として、コンテンツの背後にある歴史や哲学、美学も含めて本質を理解し、自身の知識や関心事と接続できるような体験を求めているが、このような観光コンテンツが不足している。 医療観光への関心も高いが、情報不足も指摘されている。 

③ シームレスで快適な移動 
シームレスで快適な移動は必須の要素であるが、プライベートジェットやスーパーヨットの利用や入国手続き、ヘリコプターによる移動、ハイヤーの手配等に課題があると指摘されている。 

④ サービスの多様性、柔軟性 
宿泊施設、レストラン、交通、観光施設などで、優先予約や貸切対応、プライベートのサービスなど、定型と異なるサービ スを求められた際の柔軟性の不足に対する指摘が多い。 

⑤ 人材育成と富裕旅行産業エコシステムの形成 
①宿泊施設の人材確保、②コンシェルジュやトラベルデザイナーなどの富裕旅行業界のプロ人材の育成、③富裕旅行者の関心に沿った説明ができるガイドの育成、④国内での富裕旅行産業エコシステムの形成(プロ人材、産業界、文化芸術や伝統産業などの専門家等のネットワーク)などの課題が指摘されている。 

⑥ 積極的な富裕旅行誘致:我が国の強みである文化を核としたブランディングと情報発信の強化 
諸外国でも国家レベルで富裕旅行者の誘客促進が進んでおり、我が国においても諸外国の水準に劣らない取組が求められる。富裕旅行者の関心事項であり、我が国が強みを有する、ガストロノミー、アート、建築、工芸・デザイン、マインドフルネスなどの分野の適切な情報のキュレーションによるブランディングと、よりハイエンドに訴求する情報発信の強化が必要。
 

 元々、旅行者の消費額単価を上げるのは重要課題だったが、コロナによって、人の移動が大きく見直される中、人の数よりも消費額という質がより強く求められていく。従来型の観光でフォローできなかったハイクラスな宿泊施設やサービス、定番よりも深みのあるマニアックともいえるコンテンツが重要。そしてこれらを支える人材の育成システムが必要とされている。

 そして、課題と同時に日本の観光の「強み」も上げている。以下の3点だ。
 
①独自の伝統、文化と自然、食、都市、季節感など多彩な魅力の組み合わせ 
海外の富裕旅行専門のエージェントからのヒアリングを通じ、特に、欧米からの富裕旅行者にとって、根本的に異なる日本文化を体験することが最大の魅力となっていることを確認。また、クレジットカード分析でも、一部の欧 米の旅行者にアクティビティを手配するDMC(観光地経営会社)への高額な支出が見られる。 

②ショッピングを安心して楽しめる環境 
特にアジアの富裕旅行者は貴金属、時計、高級ブランド品などのショッピングのニーズが高い。貴金属や時計などの高額商品について、日本で発行された保証書に高い信頼感があるなど、安心してショッピングを楽しめる環境が高く評価されている。 

③医療、アート、スノーリゾートへの高い関心 
特に、中国、ベトナムを中心に医療への高額な支出をする富裕旅行者が確認されている。アートへの関心も高く、 瀬戸内や金沢などの美術館訪問を目的に訪日。中国、米国からの富裕旅行者は、高額な骨董品や美術品などを購入するケースも確認されている。国・地域別の都道府県来訪率を見ると、香港、シンガポール、タイ、マレーシアは北海道を始めとするスノーリゾートへのニーズが高い。
 

変化し続ける富裕層のニーズ 日本は追従できるのか?


 日本政府観光局(JNTO)は、富裕層を「費用制限なく満足度の高さを追求した高消費額旅行を行う市場」と定義しているが、2020年10月5日に公表した「富裕旅行市場に向けた取組について」では、以下のように富裕層の変化を指摘している。
 
・「ラグジュアリー」の定義や価値観は変化・多様化している。

・富裕旅行者の志向(マインドセット)についても、 Classic Luxury志向(従来型)とModern Luxury志向(新型)に分けて捉える必要があり、後者が拡大を続けている。

・また、同様に消費性向にも多様化がみられ、旅行の全ての費目で高額消費を行うAll Luxury Travelと、優先度の高い事柄に重点的に投資するSelective Luxury Travelという形態に分けることができる。

・富裕旅行市場調査結果の分析から、富裕旅行の定義として、保有資産・所得水準に関
わらず、「旅行先(着地)における消費額が100万円以上/人回」をターゲットと設定。

 富裕層ビジネスの深掘りは常に進行中であり、コロナ禍だからこそ、準備を進める意味がある。そして、富裕層ビジネスは利益が大きいだけに世界中の観光地がライバルであり、つねに革新が求められる。そして、この革新によって、従来型の観光を生まれ変わらせることが将来に重要な意味を持ってくるに違いない。

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