「MICE=集客装置」というIRの前提を破壊した新型コロナウイルス

大谷イビサ(JaIR編集部)

 新型コロナウイルスがIR業界にもたらした影響は計り知れない。なかでも大きいのは、ゲーミングとともに収益の両翼であったMICEビジネスの前提が変わってきたという点だ。大手IT企業のイベントがことごとくオンライン化し、巨大なリアルイベントが消えてしまったラスベガスとMICEビジネスの今後について考えてみる。

巨大な会場をフル活用したラスベガスのイベントはどうなるのか?

大手IT企業はイベントを次々とオンライン化 脱ラスベガスへ


 今年の1月にIT記者の立場で私が書いたコラムは、巨大イベントをさばくラスベガスのMICE強さについてだ(関連記事:巨大化するイベントとMICEの必要性とは?IT記者から見たラスベガス)。数万人規模の参加者をさばくキャパシティやリソース、経験、実績など、イベントの街としてのラスベガスの強さはまさに圧倒的だった。データベース最大手のオラクルは長年サンフランシスコで開催してきた数万人規模の自社イベントを2020年からラスベガスに移すと発表し、地元では大きな話題となった。集客・集金装置としてのMICEの真骨頂が、ラスベガスではいかんなく発揮されてきたわけだ。

 これまでIRオペレーターは、広大なイベントホールや宿泊施設を用意し、大規模イベントをホストしてきた。全米中、いや世界中から集まった参加者はラスベガスを会場としたイベントに参加し、ゲーミングやエンターテインメントに興じ、飲食を楽しみ、ラスベガスに巨額のマネーを落としてきた。1990年代、ギャンブルや犯罪のないクリーンな街として生まれ変わったラスベガスにおいて、MICEを中心とする今の統合型リゾートの原型が生まれ、約20年の間イベントの街として成長を続けてきたわけだ(関連記事:【IR映画ガイド】“テック系のMICEと言えばラスベガス”を学ぶ「ジェイソン・ボーン」

 しかし、新型コロナウイルスの影響で、1月に書いたこの記事と真反対の状況が生まれつつある。多くのIRは営業休止に追い込まれ、リアルイベントはなくなり、ラスベガスから人がいなくなった。IT企業は大規模イベントを見送るか、人の移動の伴わないオンラインイベントに切り替えており、マイクロソフトやグーグル、ヴイエムウェアも年次のイベントはオンラインで開催された。そして、数万人規模で行なわれていたアマゾンウェブサービスの「AWS re:Invent」や毎年恒例のデジタル見本市「CES」も2021年1月にオンラインで実施される。

 ラスベガスの現状はJaIRでも逐一レポートをアップしているが、ネバダ州の規制によって閉鎖されてきたMICEは現在も1会場250名以下のイベントにとどまっている。そして、ネバダ州での新型コロナウイルスの感染者数が激増したことで、現在はロックダウン(都市封鎖)すら検討されているという(関連記事:【新型コロナのIRへの影響レポート】ラスベガス 10月26日版)。先日は「サンズがラスベガスから撤退するのでは?」というアナリストの予想もニュースで流れたが、ラスベガスで2度目のロックダウンが実行されれば、そんな噂話がリアルになる可能性もある。
 

新型コロナウイルス収束後にイベントや客足は戻るのか?


 注目したいのは、新型コロナウイルスが収束した後に、きちんとラスベガスにイベントや客足が戻るかという点だ。

 IBMは2020年の5月4~7日までの会期で開催する予定だった年次イベントの「IBM Think」を急遽オンラインイベントに切り替えた。巨大なリアルイベントを中止したことで参加者が減少するかと思いきや、登録者数は前回の倍以上となる9万人を記録したという。イベントとしては直接来られない参加者まで取り込んだことで、かえって盛況になったわけだ。Thinkの場合はサンフランシスコ開催の予定だったが、状況はもちろんラスベガスでも同じ。オンラインイベントの方が効率がよいと考える企業は増えれば、影響は計り知れない。

 リアルイベントならではの偶発的な出会いや視覚・聴覚以外の体験を得られないのはオンラインイベントの課題ではあるが、今後はテクノロジーがリアルとオンラインのギャップを埋めていくことは確実だ。事実、前述したIBMのイベントでは配信された講演動画に対して、同社お得意のWatson AIがリアルタイムに字幕を付けるという試みも行なわれた。最近ではAIと参加者の行動履歴のデータを用いて、興味のあるコンテンツやブースをリアルタイムに提案するマッチングも精度が上がっている。少なくとも情報収集目的のオンラインイベントは、精度や効率性という観点でリアルイベントを早々に凌駕することになるだろう。

 こうした点から考えると、巨大なイベントスペースと宿泊施設を用意し、大型のイベントを誘致するというMICE成功の方程式はすでに陰りが見えている。コロナ禍でテレワークが普及したことで、自宅という新しい仕事場が生まれたように、MICEもオンラインとの連携やテクノロジーの導入を本格的に進めていくことになるだろう。特に、ラスベガスやマカオを追う立場であるシンガポールや韓国は、AR/VRやホログラム、ストリーミング、プロジェクションマッピングなどバーチャルとリアルのハイブリッドを実現する新しい技術に前向きだ(関連記事:変わらないMICEの要件、基本方針案の修正はこれでよいのか?

 こうした状況にもかかわらず、政府が推進する日本型IRではMICEに関する基本要件を変えていない。大規模な国際会議やビジネスイベントの開催を前提として、広大なイベントスペースと会議場、宿泊施設が必要になるというものだ。しかし、コロナ禍で市場と環境は大きく変わった。ゲームチェンジに追従しなければ、ユーザーニーズからほど遠い単なる「ハコ」ができるだけのように思える。