塚田正晃氏がIRについて多角的かつ主観的に解説する連載の第3回。今回のテーマはIR設置の最大の目的であるMICE(マイス)についての後編。国際競争力を失いつつある日本のMICEの現状と、アフターコロナで必要なMICEの要件について考えます。
日本のMICE施設はスペックが陳腐化している
前編ではMICEの意味と、それを招聘するために必要なことをまとめました。ひと口にMICEと言っても、B2B、B2Cイベントから、報償旅行、学術会議、首脳会議までさまざまあり、それぞれに必要なものは異なるのですが、すべてに共通して要求されるのが開催場所となるハード面のスペックです。後編では「MICE=施設」と捉え、その規模とあり方を考えて行きましょう。まずはコロナ前にどのようにMICEを捉え、どのような施設を目指していたのかを見ていきます。その上でコロナ後のMICEを考えて行きたいと思います。ICCA(国際会議協会)の過去の統計を見ると、1990年代にはアジア太平洋エリアで行なわれる国際会議の約半分が日本で開催されていました。しかしながらコロナ直前の2019年のレポートによれば、同エリアでの日本での開催は20%以下に落ち込み、開催国別ランキングではここ数年で中国に抜かれて2位になってしまいました。都市別ランキングでも長らくトップだった東京は、前回ご紹介したシンガポールに首位の座を明け渡し、こちらも現在2位となっています。
全然ダメなわけではないものの、圧倒的なシェアを誇り、アジアの中心とされていた時代は過ぎ去っています。この30年で全体的に日本の経済的な存在感が下がっただけ……と言ってしまえばそれまでなのですが、それはそれとして、大きな理由の一つとしてMICE施設の陳腐化が指摘されています。
日本最大の展示場規模を誇る東京ビッグサイトですら10万平米に至らず世界ランキングでは80位台に落ち込んでいました。2019年に南棟(2万平米)が完成し、11.5万平米まで増床しましたが、世界ランキングではまだ50位台です。広さだけで言えば中国の上海や深圳には40万平米を超えるものが複数あり、大きければ良いというわけではありませんが、数字の上ではかなり見劣りしてしまうことは否めません。
この状況を打開するために最新の大型施設が求められているわけですが、MICE施設というのは単体ではなかなか採算が取れないのが実情です。運営・維持するためには使用料を高く設定する必要がありますが、そうすると国際的な価格競争に勝てなくなるので、本末転倒になります。税金を投入して補填するというのが次の選択肢ですが、高齢化に向かい税収減となる国や自治体も長期的に続く大きな負担を背負いたくはない。この結果として出てきた策が、特例措置としてのカジノの設置とMICE施設の運営をセットにしたIRでした。
これまで禁断の果実だった賭博場の設置を、特定施設=IR内に限定して民間に解禁して、その条件として、最新設備を伴う大型のMICE施設の設置し、カジノの利益を使って統合的に維持運営していってもらおう…という発想です。
カジノを解禁してMICE施設を充実させるという当初の目的は?
カジノ関連法案には設置が許されるIRの定義として、①12万平米以上の展示場+3000人未満の会議場、②6万平米以上の展示場+5000人未満の会議場、③2万平米以上の展示場+6000人以上の会議場、とMICEに関する具体的な数値を上げています。3つの組み合わせの中から選べる形になっていますが、いずれにしても国としてIRに大規模なMICE施設の設置を最初に求めています。さらにこれに付随した10万平米以上の宿泊施設を求め、その中でVIP対応のできるスイートルームの比率まで設定されています。
これらの主要条件はMICE誘致を目指した国が求める最低クリアすべきラインとみられ、IR誘致に手を上げる自治体と事業者がバーンと男気を出して大規模なMICEが提案してくるかも? と多少の期待をしていました。しかし、各自治体の計画を見ると、国のIR定義を満たすギリギリの線をクリアしているに過ぎません。展示スペースに関しては、中国・上海のアジア最大の展示場(40万平米)はおろか、国内最大の東京ビッグサイト(11万平米)を超えるレベルにもなってはいませんでした。
昨年末にはまず大阪府・市が大阪IRの素案を発表し、6000人の会議場と2万平米の展示場、客室2500の宿泊施設を発表しています。これを追うように今年の2月に和歌山県が発表した整備計画案も、3月に長崎県が発表した計画案もMICE関連に絞ればほぼ同じ規模、上記の3択の③の施設内容となっています。
とはいえ、アフターコロナを見据え、大きな施設を作る必要性自体が疑問視されています。そもそも「IRなんて言っている場合か」という空気感の中での計画案の発表なので、「巨大な展示場作りましょう! 」とは言いにくいのでしょうが、東京ビッグサイトに新設された南棟程度のものを作り、ギリギリの線で区域認定をゲットしたいという空気を感じてしまいます。カジノの利益は大きいものの、MICEの設置、維持、運営に関するコストは最低限に抑えたいという経営原則に縛られてしまうことは当然だとは思いますが。
アフターコロナを見据えたMICEの価値は規模ではない
現在は国同士の移動に関しては制限も多く、また不安を感じる人が大半のため、コロナ後のMICEに関しては見通せない部分も大きいのですが、欧米をはじめ海外の大型MICEイベントは徐々にコロナ前の規模を取り戻しつつあります。コロナの制約下でリモート開催を経験してきた主催者や参加者たちは、この経験を通してより一層リアルイベントの重要性を痛感しています。同時にリモートで済ませても良いイベントがあることも学びました。したがって今後はリアルとリモートの2択を用意した、ハイブリッド型のイベントが主流になっていくでしょう。そんな新時代であれば地域ナンバー1の大きさよりも、そこそこの大きさと最新の配信設備的なものの設置、つまり使い勝手の良さが誘致の決め手になるのではないでしょうか?
実際、前回ご紹介したシンガポールのマリーナベイサンズの展示場は3万平米、会議場は最大8000人となっています。実は近隣に10万平米の公設展示場があるので、3万平米で十分とは言えないとは思いますが、そのあたりを考えながら運営していくことでメリットを出していくことは可能だと感じます。そしてどうせリアルに足を運ぶなら、MICEイベント以外の「お楽しみ」が付随していることが大切です。
観光庁ではインバウンド拡大の重要な要素としてMICEの開催を位置づけ、現在までに12のグローバルMICE都市を選定し、積極的にMICE誘致策を展開してきました。そしてその切り札としてIRの実現を推進しています。施設が大きいだけでMICEを誘致できるとは思いませんが、ある程度の規模と、ハイクオリティな施設、快適な宿泊環境、さらに街としての魅力が整えば誘致の可能性が高まっていくでしょう。
相変わらず「カジノの是非」にスポットが当たり、ギャンブル依存症や治安悪化に関する議論のまま、何年も足踏みを繰り返しています。しかし、国際社会から大きく遅れてしまっているMICE施設の必要性やそのあるべき規模感についての議論が優先されるべきです。そして、それを実現するためにカジノを容認するのだというコンセンサスを得た上で、その先の依存症対策等々のリスク排除に向けた仕組み作りという形での議論の積み重ねが必要なのではないでしょうか。
一部にはカジノのないMICEというアイデアもあり、それが実現できれば素晴らしいことですが、その維持運営費をどう捻出するのか、その点に関して未だ画期的な解決策は示されていないように感じています。
次回はカジノについて見ていきたいと思います。
塚田正晃
株式会社タイトエンド代表取締役社長。株式会社アスキー・メディアワークスで編集、営業、経営を経験。合併後の株式会社KADOKAWAで次世代に向けた新規事業を模索する一環として、ここ数年はIRに関する取材、研究を続けてきた。世界中のIR、カジノを視察し、フラットな目線でIRを見つめている。
株式会社タイトエンド代表取締役社長。株式会社アスキー・メディアワークスで編集、営業、経営を経験。合併後の株式会社KADOKAWAで次世代に向けた新規事業を模索する一環として、ここ数年はIRに関する取材、研究を続けてきた。世界中のIR、カジノを視察し、フラットな目線でIRを見つめている。