【日本型IRの夜明け】MICEとは何か、なぜ必要なのか

塚田正晃(タイトエンド)

 塚田正晃氏がIRについて多角的かつ主観的に解説する連載の第2回。今回のテーマはIR設置の最大の目的であるMICE(マイス)の充実。MICEとはそもそも何なのか、なぜ必要なのか、何が必要なのか…前後編に分けて詳しくわかりやすく解説していく。

IRの肝となるのはMICEの充実

 日本が目指すIR=統合型リゾート。その設置目的は安倍政権時代に成長戦略として掲げられた観光立国化によるインバウンド(海外からの旅行者)の獲得です。2008年に観光庁が発足し、官民が一体となりインバウンドの拡大を目指してきました。ビザの緩和、空港の24時間化、大型客船の受け入れ、宿泊施設の拡充、通信環境の向上、各種案内の複数言語化など、旅行者の快適さを徹底的に追求し、日本の魅力をアピールした結果インバウンドは着実に増えていきました。コロナ禍に巻き込まれ、成長曲線は目標から大きく乖離してしまっていますが、コロナ直前の2019年の数字を見れば訪問客は3000万人を超え、インバウンド消費も5兆円に迫っていました。最大のブースターとして用意されていた2020東京大会が無事に開催されていれば、目標の4000万人、8兆円と言う数字もクリアできていたかもしれません。

 そんな成長戦略の延長線として、2030年には6000万人という目標が掲げられています。オリンピックは終わってしまえばその熱は一瞬で萎んでしまいますが、それに向けて準備してきた設備や環境はなくなりません。これらを生かした次なるインバウンド拡大施策の目玉の一つとして計画されたのがIRであり、その肝となるのが「MICEの拡充」です。そしてそれを実現させるための原動力として、カジノの特例設置が認められようとしています。

 コロナ禍にあり人流の抑制が叫ばれている現在、世界中から多くのお客様に来ていただく施設のあり方を考えるのはとても難しいことです。が、それでも未来を見据えて備えておかなければなりません。必要なものとそうでないものをいま一度見極めるためにも、当初の計画を理解しMICEの意味を考えいきたいと思います。
 

MICEが示す本来の意味

 MICEという言葉はそもそも旅行業界の用語としてまずアメリカで使われて定着しています。観光業界の数字の集計分類上、「自費の旅行」と「経費の旅行」に区別する必要が生じ、後者の旅行を表すためにMeeting(会議)、Incentive(報償)、Conferencing(会議)、Exhibitions(展示会)の頭文字を取って作られた造語です。この4つに関連する旅行の数字をまとめれば「経費の旅行」の全貌が見えるはずだ…ということで一括りにされています。

 「M」と「C」はどちらも日本語では会議と訳されますが、英語のニュアンス的には「M」は企業が行う比較的小規模な会議や説明会を指し、「C」は団体や行政が主催する大規模なものというイメージになります。さらに「C」をConvention(大会、総会)、「E」をEvent(イベント)と解釈することもありますが、いずれにしても「経費で行く旅行」の総称というイメージで捉えておけば間違いはないようです。

 そしてMICEは旅行業界の中でもっとも大きなシェアを占める重要な数字となっています。コロナ禍で大きく衰退し、さまざまな常識がリセットされるなか、アフターコロナに向けて、世界中でMICEの争奪戦が繰り広げられようとしています。MICEの誘致のために必要な施設を整えようとするIR、本当に必要なものを考えるために、もう少しMICEの意味を掘り下げていきましょう。

 「M」、「C」、「E」に関しては日本のビジネスマンにとって身近な存在ですが、わかりにくいのが「I」です。これにはアメリカ的な商習慣が絡んでくるので直感的には理解しにくいと思いますが、Incentive Travel=報償旅行と言う方が日本語的にはわかりやすいでしょうか。アメリカの税制上、非現金報酬は支給する側にとっても、受け取る側にとっても有利な側面が大きく、社員のモチベーションも上がるため、約半数の企業が報償制度を採用し、大企業に限定すれば8割がなんらかの報償制度を活用していると言われています。その中でも大きな比率を占めているのが報償旅行です。

 ここでの報酬旅行は日本的な親睦をメインにした、みんなで行こう的な社員旅行ではなく、がんばって結果を出した個人やチームに対し、ご褒美として会社の負担で旅行に招待しますよ…という制度です。これは社員に対してだけではなく、売り上げ増、利益増に貢献した特約店や販売代理店等のスタッフ、さらにはそれら関係者を支える家族までもが対象になることも少なくありません。

 目標を達成したスタッフを一か所に招待するということは、将来の幹部となる優秀なスタッフたちが全国から集まってくるということになります。バカンスがメインとはいえ、同時に企業の今後の方針や新商品、新サービスをプレゼンする場を絶好のチャンスになります。そんなわけで報償旅行といえども、やっぱり大きな会議場や展示場が必要になってくることになります。さらに「ご褒美に連れて行ってあげる」という上から目線ではなく「よくがんばっていただきました」という感謝の気持ちを表すことでモチベーションを上げ、人材の流出を防ぐことができます。企業にとってはお客様へのプレゼンの場と同じくらい大切で、おもてなしのためのたくさんの経費を使うことになります。そんな理由で「経費で行く旅行」の中でも「I」の数字は大きな比率を持っています。


MICEを誘致するために必要なこと

 どんな言葉でも語源に関しては諸説ありますが、MICEがこうして定着してきた言葉であることは間違いありません。旅行業界用語的にはMICE=経費旅行ですが、前回ご紹介したシンガポールIRの設置議論の頃から「MICE facility(施設)」という言葉が多用されるようになってきたようです。それが略されてMICE=展示場や会議場の施設に転じて使われるようになっています。

 日本型IRが語られるときにも最初は「MICE施設」と言われることが多かったのですが、いつの間にか「MICE」は施設そのものを指すようになり、さらにはそこに博物館や美術館というものも含まれるようになってきているように感じます。これはIR整備法の中に「魅力増進施設」に関する文言があり、IR設置の基準をクリアするために必要な施設の総称として「MICE」が使われてしまっているように感じています。なんか違和感もありますが、「MICEを誘致するための施設全般」と拡大解釈していくとあながち間違いともいえなくなってきます。

 先ほどの例で逆にわかりやすいところで「I」から見ていきましょう。会社の経費で旅行に招待されることを楽しみに頑張るためには、その目的地が魅力的であることが重要です。さらに家族も含めての招待となれば、同行する家族や子供たちにとってもワクワクする場所でなければなりません。各企業が用意した「I」予算を獲得するために、各観光地は「行きたい場所」となる魅力的な街づくりを推進することになります。ギラギラした欲望の街だったラスベガスが、いち早くMICE施設の充実を進め、同時にテーマパーク化してファミリー向けの要素を付加していった理由もこのあたりにあります。

 行きたい場所であることは実は「M」「C」「E」に関しても重要です。日本では商談や情報収拾のための出張に遊びの要素なんかいらないというイメージがまだまだ定着しているように思います。が、わざわざ遠くまで出張に行くのであれば、楽しい場所であってほしいものです。家族と過ごす時間を重要視するアメリカ人は出張旅行にも家族を同伴することがよくあります。アメリカのB2Bイベントは火、水、木に開かれることも多く、週末は家族を呼び寄せて一緒に遊べますよ…という日程です。

 さらに日米にかかわらず、イベント会場に「行くか行かないか」を決められる立場の人たちにとっては、美味しいものが食べられたり、素敵なショーやスポーツイベントが観られたり、カジノが併設されていたり…といった付加価値的な街の魅力が「行くか行かないか」を決めるための要素になっています。その点で、もっとも重要なのが実は快適な宿泊施設とゴルフ場だったりもします。少なくとも私が接してきたそのクラスの人の多くはそうでした。そしてその立場の人がその業界を動かしています。彼らが来るか来ないかでそのイベントの価値が左右されます。

 「MICE」を運営する側にとっては、直接的に必要な施設=会議場、展示場が整っているとともに、その開催地が魅力的であることはとても重要です。多くの人にとって魅力的で、あえて経費で行く旅行の目的地になるためMICEは何を用意し、何を整えるべきか。次回の後編ではアフター・コロナを予測しつつ、日本型IRに必要な姿を考えていきたいと思います。

 
塚田正晃

株式会社タイトエンド代表取締役社長。株式会社アスキー・メディアワークスで編集、営業、経営を経験。合併後の株式会社KADOKAWAで次世代に向けた新規事業を模索する一環として、ここ数年はIRに関する取材、研究を続けてきた。世界中のIR、カジノを視察し、フラットな目線でIRを見つめている。