大阪府・市の特別顧問として大阪の都市再生や観光集客プロジェクトをリードしてきた橋爪紳也氏。長らく統合型リゾートについて研究・提言してきた橋爪氏に、統合型リゾートに至る歴史やグローバルでのトレンドについて話を聞いた。(以下、敬称略 インタビュアー KADOKAWA玉置泰紀)
テーマパーク化のノウハウが米国の既存産業を大きく変えた
玉置:まずは橋爪さんが統合型リゾートに出会うまでの経緯について教えてください。
橋爪:統合型リゾートという概念ができる以前、1980年代から1990年代には、世界各国のテーマパークビジネスについて比較調査を実施していました。この頃、日本では東京ディズニーランド、ユニバーサルスタジオジャパン、長崎オランダ村(のちの佐世保のハウステンボスへ発展)などのテーマパークビジネスが勃興しました。一方で、第3セクター方式などで行政が公金を投入して開発した地方におけるテーマパーク事業は、バブル崩壊とともに破綻しましたよね。米国発のテーマパークは、エンタテインメントビジネスとして世界各地に拡散します。私は中国などアジア各地のテーマパークブームなどの調査を重ねていました。
玉置:いわゆる遊園地やビーチリゾートは昔からありましたよね。
橋爪:1920年代には、コニーアイランドなどのビーチリゾートに各種の遊園地が開業し、世界各国に影響を及ぼしました。日本でも、鉄道会社が沿線開発で郊外遊園地を経営するようになりました。
さらに戦後から1960年代、ウォルト・ディズニーが新たなアミューズメントパークのモデルを示します。ニューヨーク世界博覧会に出展したイッツ・ア・スモール・ワールドを移設しつつ、ディズニーランドを開業します。また1980年代に生まれたフロリダのエプコットセンターには、近未来をイメージしたフューチャーワールドと同時代を俯瞰できるワールドショーケースというエリアが設置されました。常時、開設されている博覧会場という趣向です。
ディズニーや追随するユニバーサルスタジオによって、従来の来場者が受け身となる機械化されたアミューズメントパークではなく、テーマ性を有し、なおかつ演者が観客に働きかけるエンタテインメント型の娯楽施設が世界中に拡がっていったんです。
また、エンターテイメントビジネスは、多様な業種に影響を及ぼしました。プラネットハリウッドやハードロックカフェのようなテーマ性のあるレストランや、ディズニーなどが建設したテーマ性のあるホテルなどが好例です。さらに既存の遊園地、水族館、動物園などもテーマパークビジネスの影響を受けます。テーマ性を持つ大型のショッピングセンターや複合商業施設も誕生します。
その流れが、ラスベガスなどカジノリゾートにも及びます。テーマパークに代表されるエンタテイメントビジネスのノウハウが、従来のカジノリゾートに大きな影響を及ぼしました。
玉置:カジノのまちだったラスベガスが、エンタテインメントのまちになったわけですね。
橋爪:物語性を持った商業施設や劇場、カジノなどが複合、巨大な滞在型のカジノリゾートが相次いで誕生します。ピラミッド、マンハッタン、ベニスやコモ湖、パリなど世界各国の風景の断片がホテルや街に出現し、噴水ショーが大通りに面して並び、今までと異なった風景が生まれてきました。ある意味、従来型のカジノを中心とした娯楽地が「ディズニーランド化」したとも言えます。
ラスベスガスの変貌が、さらに世界に影響を及ぼします。マカオでは、米国資本の進出を容認する動きがでてきます。対して、新たなカジノリゾートのモデルをシンガポールが示しました。それが「統合型リゾート(IR)」です。
2000年頃、将来的な国際的な観光客の爆発的な成長が予測されます。中国やアジア諸国が経済成長を遂げていく中で、多くの人が国際旅行に出向く時代が近いと喧伝されました。これにともない各都市が観光事業に力を注ぎます。それは国際観光客を争う競争でもあり、投資を獲得するための競争でもあります。
そのなかで2005年にシンガポール政府が出したのが「統合型リゾート(IR)」という概念です。今では他国、たとえばラスベガスの事業者も、1990年代から存続している自身のカジノリゾートを「統合型リゾート」であるという言い方をしていますが、これは従来型の複合型の施設をさかのぼって統合型リゾートと形容しているだけです。統合型リゾートという概念は、生まれて14年程度しか経っていないのです。
既存の複合型リゾートと統合型リゾートとの違い
玉置:既存の複合型リゾートと統合型リゾートの違いについて教えてください。
橋爪:既存の複合型リゾートでは、異なる機能を有する隣接する施設を、複数の事業者が運営しています。たとえば、シドニーのダーリングベイには、水族館や博物館、展示会場のほか、認可されたカジノホテルがあります。この事例では、ホテルも博物館もすべて異なる事業者が運営しています。公的セクターもあれば、民間事業者も混じっています。多様な主体が、地域全体のステークホルダーになっています。
これに対して、数多くの事業を単一の事業者が行なうのが、シンガポールが提唱した統合型リゾートという概念です。シンガポールでは2段階のコンペを経て、最終的にはマリーナベイとセントーサの2箇所が選定されました。事業者選定を経て、2010年にソフトオープンしています。法律が決まってわずかな期間で、数千億円の規模の投資が相次いで決定され、オープンまで、わずか5年でこぎ着けているわけです。
シンガポールでは、国際観光がこれから成長する産業であり、世界からビジネス都市として認められるためにも、魅力ある観光都市となり存在感を示したいという前提がありました。その目玉となるアイコンが「統合型リゾート」でした。だからこそ、スピード感をもって具体化します。
この一連の動きがあったのが、2005年から2010年にかけてです。すでに10年以上前の話なんです。
玉置:統合型リゾートを見たとき、当時はどうお考えになりましたか?
橋爪:今までのカジノは、あくまで複合施設の構成要素の1つに過ぎず、ほかのサービスに貢献するという議論はまったくありませんでした。しかし、統合型リゾートは違う。収益性の高いカジノの事業が、採算性の高くない、文化施設や芸場などのファシリティを運営するうえで、原資を生み出すエンジンだと説明を受けました。2005年にこの説明を初めて聞き、私は驚きました。これまでの都市開発・再生とまったく異なる新しい手法だと思いました。
世界から注目が集まる魅力的な都市とするために、まったく新しいスキームで作ったのが統合リゾートというわけです。1990年代のラスベガスでは、カジノのライセンスを持っている事業者が、遊園地や商業施設、劇場やホテルを併設するという段階を踏みました。カジノの許認可は、スロットマシンの台数やテーブルの卓数という発想です。対して、シンガポールでは、多機能の施設群をひとつの施設に見立て、全体の開発面積に対してカジノの面積比を定めて、事業を規制しています。新規開発だから、こういう制度が可能であることに驚きました。
玉置:同時期にマカオもコタイ地区を整備していますが、これとは違うのでしょうか?
橋爪:マカオのコタイ地区開発は、既存の複合型リゾートの延長のように思いました。基本的にはラスベガスの延長線上にあります。。実際、ベネチアン・マカオのように、ラスベガスにある先例と同じコンセプトのホテルもあります。
対してシンガポールは「世界的なアイコン」となるように、「前例なき物を考えろ」というのが事業者に突きつけられたリクエストなんです。だからマリーナベイサンズは、シンガポールの建国神話にちなんで、建物の上に巨大な船が乗っていますよね。シンガポール国民のアイデンティティになる物語が、あの形状には託されているんです。セントーサに海洋博物館を作ったのも同じ理由。いかに他と違うのか、オリジナルなのかを主張するべく構想されたのが、シンガポールの統合型リゾートです。(続く)