IRの魅力を正しく伝えたい 行政の目線から見た「横浜市とIR」

大谷イビサ(JaIR編集部)

IRが大きな争点となっている市長選を控える横浜市の都市整備局IR推進課に話を伺うことができた。後発の横浜だからこそ注力してきた情報発信の取り組みについて聞くとともに、行政の立場から見たIRの必要性やその想いを聞いた。(敬称略 インタビュアー JaIR編集委員 玉置泰紀)
 

「夏頃に事業者決定」というスケジュールは動かない


玉置:まずスケジュールについてお聞かせください。現在は2者が応募しており、夏頃には事業者の選定と公表されています。こちらは変わりませんか?

IR推進課:「夏頃」というスケジュールは変わりません。国が定めている来年4月28日までというIR区域整備計画の提出期限(2021年10月1日開始)は、われわれ事務方にとってはけっこう厳しいスケジュールですから。いつかは明言できませんが、まあ最近は9月も暑さが続きますよね。

玉置:そうですね(笑)。とはいえ、これからはどこか一者に事業者を絞った上で、その事業者と計画を練り上げ、区域整備計画の認定を受ける必要があります。その意味では他の自治体に勝つためのプランを作るために時間がかかるということですね。

IR推進課:はい。区域整備計画は事業者の提案だけではなく、自治体の計画も入ってきますので、両者をきちんと整理して、魅力的なものにしなければなりません。

また、重要なことは、区域整備計画を作成するにあたって、協議会での協議、県・公安委員会の同意、公聴会の実施など、さまざまな手続きを行なうとともに、市民の皆様にご理解をいただかなければならないという点です。これには時間がかかると思っていますので、広報活動や情報提供は労を惜しまずに進める必要があります。

玉置:答えにくいとは思うのですが、直前に迫っている市長選についてコメントできることはありますか?

IR推進課:われわれは、その質問にコメントする立場にありません。ただ、現時点で行政としてやるべきことをやっていく立場です。市がIRを進めると発表した2年前の2019年8月22日以降、横浜でIRを進めていくというわれわれのスタンスは今も変わっていません。
 

後発だからがんばってきた情報発信 少しずつ手応えも


玉置:先ほど市民の理解が必要という話が出ていましたが、反対の声も根強い横浜市では、広報活動は特に重要ですよね。

IR推進課:はい。やはりギャンブル等依存症や治安といった懸念事項にしっかり対応し、多くの人が体験したことないIRについて知ってもらうために、さまざまな施策を打ってきました。

市民説明会は何度も開催してきましたし、日本型IRや横浜のIRのコンセプトを紹介する20分近くの動画も作りました。イベントとしては、3月には慶應義塾大学大学院の岸博幸先生や森三中の村上知子さんを招いた「横浜イノベーションIRシンポジウム」を実施し、7月からは懸念事項への取り組みに向けた「横浜IRを考える有識者対談」を開催して、動画はYouTubeでも公開しています。

横浜イノベーションIRについてのWebサイトやパンフレットも作りましたし、横浜にIRができたらどんな体験ができるかという30秒くらいの動画を4本作りました。

玉置:現在は横浜市役所でIRのコンセプトの展示もやっていますね。

IR推進課:はい。今までは紙面や動画だったので、展示は早くやりたいと思っていました。材料を集めるのに時間がかかってしまい、この時期の開催になったのですが、伝わりづらいIRの魅力やコンセプトも模型やパース図を観ていただければ、市民のみなさまにもイメージを持ってもらえるし、ワクワクしていただけると思っています。
横浜市役所でのIRコンセプト展示

玉置:さまざまな施策の手応えはいかがですか? 

IR推進課:大阪、和歌山、長崎など他の自治体に比べて、横浜はスタートしてから2年、正直後発です。最初は広報誌からスタートしましたが、その後に作った20分の動画はしっかりとしたモノができたなと思っています。最近手がけた横浜イノベーションIRのパンフレットやシンポジウムも好評でした。少しずつですが、手応えは大きくなっています。

いまだに根強い「IR=カジノ」のイメージを払拭し、IRの魅力を正しくお伝えすべく、さまざまな情報発信を試しています。ただ、コロナ禍で市民説明会を思うように行なえなかったし、もっと市民のIRに対するマイナスイメージを解きほぐさなければいけないなという気持ちはあります。
 

税収の1/3が減り、少子高齢化が進む横浜市にとってIRはチャンス


玉置:改めて、横浜市がIRにチャレンジする背景について教えてください。林市長が指摘するとおり、横浜市は日帰り客が多く、観光都市としての実入りが少ない。これは関西における神戸にも似たような状況だと思うのですが、ここらへんは課題になってくるのでしょうか?

IR推進課:そのとおりです。大きな問題の一つとして宿泊する施設が少ないということです。横浜の宿泊施設は2万室程度なので、東京には圧倒的に負けています。東京からも30分程度しか離れていないので、横浜で遊んでも夜にはみなさん東京に戻ってしまいます。

おととしにラグビーワールドカップの試合が新横浜であったのですが、試合が終わった観客はみんな新横浜で新幹線に乗って、品川や東京に戻ってしまいました。東京で飲んで、東京で泊まるのです。横浜に泊まりたくても、部屋が少ないので、ホテルがとれない。そうしたことからも、横浜にはもっと宿泊施設が必要だと考えます。

今回のIRの計画では、3000室程度を想定していますが、IRができれば民間投資により更に宿泊施設も増えるはずです。まずは泊まるところをしっかり作っていくことが重要です。

玉置:宿泊施設という点も重要ですが、IRは統合型リゾートですので、それ以外の魅力も必要です。観光庁でも、コロナ禍で落ち込んだインバウンドを復活させるべく、さまざまな施策を進めていくようです。

IR推進課:もちろん、IR以外の魅力も作らなければならないと思っています。国が掲げるインバウンド6000万人という目標のため、富裕層の取り込みも含め、今まさに観光施策について検討しているところです。IRはこれからの観光行政において重要なことは間違いなく、横浜市を盛り上げるまたとないチャンスだと思っています。

玉置:このチャンスにかける想いは強いのですね。

IR推進課:横浜市は約377万人という人口を抱える巨大都市です。日本ではどこでもそうですが、横浜市も、これから人口構成が大きく変わり、人口減少と高齢化で生産年齢人口のおよそ1/3が減少します。横浜市の年間の個人市民税収は4000億円くらいですが、仮にこのうちの1/3が減るということは、極端な例ですが、保育事業などの重要施策ができなくなるくらいのインパクトがあります。しかも、高齢者が増えることで社会保障費も増加していきますし、台風やコロナ禍で財政支出も増え、財政的には現在も非常に厳しい状態です。

もちろん、財政支出を減らすべく、長らく努力しています。しかし、予算規模を減らすための事業の見直しは大きな痛みをともないますので、できれば少ない方がいいに決まっています。もっと子育てしやすい環境、住みやすい環境、高齢者が安心して介護を受けられる環境を作っていきたい。そのために行政としては財政基盤を強化すべく、新たなビジネスを生み出し、新たな歳入を生み出す前向きな取り組みを進めたい。その1つがIRです。

玉置:複数ある施策の1つがIRということですよね。

IR推進課:そのとおりです。財政的な安定性を取り戻すのは、正直IRだけでは難しいです。ですから、都市の再開発や企業誘致も含め、あらゆることをやっていかなければならない。IRは複数ある施策のうちの1つという位置づけです。
 

新しいものを受け入れ、今あるものを融合させていけるのが横浜のよさ


玉置:IRを誘致する横浜の優位性をどうお考えになりますか?

IR推進課:いわゆる横浜の都心臨海部において、山下ふ頭は非常によい場所にあると思います。元町・中華街あり、赤レンガ倉庫あり、みなとみらいの街など、歴史と文化の集まっているエリアの近くにIRができるのは大きい。もちろん、ちょっと離れたところに作るというやり方もあると思いますが、街と近接したところにできることで、街全体が盛り上がる。そうした可能性を秘めているのが横浜イノベーションIRだと思います。

玉置:今まで取材してきた和歌山、長崎などの地域では、地域内外での連携にフォーカスを当てています。横浜市の場合はいかがでしょうか?

IR推進課:まず前提として、他の候補地である和歌山や長崎、大阪府・市は都道府県という単位で進めているのに対し、横浜はあくまで市としてチャレンジしています。ですから、他地域と比べて周辺地域のエリアが小さい。こうしたことを踏まえ、神奈川県とは話を始めています。横浜は、丘は多いですが、山はないし、遊泳できるような海も限られます。ですから、まずは横浜にとどまらず、神奈川県全体の観光資源と連携し、その先には日本全体の魅力を伝えていく必要があると思います。

玉置:よく言われますが、横浜って「日本ではじめて」が多い街じゃないですか。その意味では、日本初のIRが横浜にできるというのは、個人的にはすごくしっくり来ます。

IR推進課:本当はわれわれがそれを言わなければならないのに、ありがとうございます(笑)。実は実施方針の冒頭で、まさにそのことを書かせてもらいました。横浜は開港の街であり、横浜のよさは、新しいものを受け入れ、今あるものと融合して新しいものを生み出していくところです。アイスクリームやビールも横浜発。IRという海外の文化を取り入れ、横浜の魅力やポテンシャルとあわせて、すばらしい横浜イノベーションIRを実現していきたいと思っています。

■関連リンク
横浜イノベーションIR 公式Facebook  
https://www.facebook.com/city.yokohama.ir/

横浜イノベーションIR(統合型リゾート)公式ウェブサイト  
https://ir.city.yokohama.lg.jp/

■関連記事
横浜市役所でIRの資格審査を通過した2事業者のコンセプトを展示中
https://jair.report/article/688/

横浜市、IR事業者選定のための委員会の日程を明らかに 来週は2回開催
https://jair.report/article/673/

セガサミーが横浜IRで、ゲンティンなどと6社のコンソーシアムを発表
https://jair.report/article/660/

横浜IRのRFPの資格審査通過は2者に絞られる
https://jair.report/article/651/