ラスベガスサンズの元財務戦略担当が語るIRの経済効果と地域経済への貢献

大谷イビサ(JaIR編集部)

 6月に開催された「第1回九州IRセミナー」のゲストスピーカーとして登壇したのが、ラスベガスサンズで財務戦略を担当した経験を持つマイケル・ジュー氏。ベイシティベンチャーズ(BCV)の國領城児氏のモデレートのもと、IRの経済効果と海外の事例をわかりやすく解説した。

Innovation Group 国際事業担当 シニア・バイスプレジデント マイケル・ジュー氏

さまざまな経済効果のメトリックス 重要なのはGDPへの貢献

 登壇したマイケル・ジュー氏は、ラスベガスサンズの財務戦略・解析担当のディレクターを経て、今は観光やホスピタリティ産業を手がけるInnovation Groupの国際事業担当のシニア・バイスプレジデントを務める。中・大型IRの事業経験が豊富で、さまざまな事業規模や地域にあわせた戦略策定を手がけている

 まずジュー氏は、IRの経済効果についてフローチャートを元に説明した。IRからの直接支出は雇用や給与、出費などを含んだ直接的な効果を生むが、その後は乗数効果により、地域内・地域外で資金が循環し、国や自治体のレベルで高い経済効果が期待できる。そこから生まれる雇用、商品、サービスの購入がIRによる総合的な経済効果となるほか、リーケージと呼ばれる地域外での課税や支出も経済効果につながってくる。

IRの経済効果を現したフローチャート

 そして、IRでは建設時と運営時で大きく2段階での経済効果が現れるという。建設時点で建設や設計業者の従業員、建設現場の労働者が現場に来るため、その段階で経済効果が現れる。建設時だけの一時的な効果とも言えるが、実際は建設フェーズ以降も現地を気に入って、そのまま根付く人たちもいる。そのため、大規模な建設プロジェクトのあとは、地域の人口が少し上がる傾向があるとのことだ。続いて、いざIRが運用フェーズとなれば、勤務する従業員に加え、地域外からのゲストも毎年継続的にやってくるため、長期的に経済効果が見込めるという。

 ジュー氏は、経済効果の範囲だけではなく、「階層(レイヤー)」にも注目する。まず「直接的な効果」として、IRのカジノやホテルの顧客、MICE施設の利用者などによる消費が挙げられる。ここにはカジノ機器やホテルのインテリアなど、カジノやIR側の支出も含まれる。そして、この本業がトリガーとなった負荷的な経済効果も「間接的な効果」として現れる。「たとえば、九州のマーケティング企業にIR内のキャンペーン運営を委託するとします。こうした事業者支出による間接的な経済効果はIR事業があるからこそ可能になります」とジュー氏は語る。さらに「誘発的な効果」もある。たとえば、IRの従業員はもらった給料で、地域内に家を購入するかもしれないし、スーパーで買い物をしたり、家賃として支払われるかもしれない。こうしてIRはさまざまな形で地元経済にプラスの波及効果をもたらす。

IRの経済効果を表すさまざまな指標(メトリクス)

 IRにおける経済的な利益の算出では、さまざまな変数や評価基準が用いられる。たとえば雇用者数といった直接的な数値、労働所得といった数字もあるし、付加価値と、生産の過程で必要となる中間的な支出を足した総生産量(Total Output)という数値を使うケースもあるという。その中でジュー氏が「重要であり、もっとも正確な基準」としているのは、GDPへの貢献を表す付加価値(Contribution to GDP)だという。

IRが成功できるかどうかの鍵は「地域経済の核になれるか?」

 地元企業へのメリットに関しては、「最初の影響は直接的な経済活動によるもの」とジュー氏は指摘する。IRが開業すると観光客、カジノ客、MICEの参加者などが訪れるため、こうした人たちの経済活動、そしてサービスを支える雇用が直接的な効果として得られるという。「国内外からの訪問者は地元住民以上に九州を訪れるたびにユニークな体験を求めています。ですから、九州の観光資源、歴史、文化などの要素は訪問客のプラスになる形で統合する必要があります」とジュー氏は語る。

 国際的なビジネスとしてIRが成功するかどうかの鍵となるのは「いかにIRが地元ビジネスとやりとりし、地域経済の核となれるか」だ。ジュー氏は北米の例として、ゲーミング・IR産業に支えられているスモールビジネスの業種トップ(雇用者数・収益)のリストを披露する。建設・建築業がトップなのはもちろんだが、3位は不動産、賃貸、リースは人と接する機会の多い労働集約的な事業であるため、多くの人員が必要になるという。

ゲーミング・IR産業に支えられるスモールビジネス

 さらにIRの影響は経済効果の枠を超え、地元コミュニティや慈善活動への貢献など地元に向けた社会活動への影響もある。利害関係者同士がよりよい街をどのように作るかについて協力し合うことも多いという。

 以下、医療・社会的支援、小売り、ファイナンス・保険といった具合に進むが、ジュー氏は宿泊施設と食品サービスに注目する。IRに訪問するのはほとんどレジャー目的で、ホスピタリティや観光を軸としたユニークな体験を求めてやってくる。こうした訪問客が多くなると、受け入れる側も人手が必要になるため、観光分野ではプラスの影響を受けるという。「1日、週末、1週間、2週間など、さまざまな期間の旅行を求めてきます。そのため、他の目的地との差別化を図り、準備しなければなりません」とジュー氏は語る。多少のローカルの相違はあれ、こうしたIRの経済効果は九州にも当てはまるという。

観光とIRのシナジー効果 経営者に3つのアドバイス

 次のトピックは観光とIRの関係だ。複数のサービスをIRとして統合する効果について、ジュー氏は伝統的なホテルのビジネスモデルとIRを比較する。10~15年前のホテルは客室、会議室、飲食、プール・スパを統合したモデルだったが、その後シンガポールやマカオ、ラスベガスなどでより事業やサービスが統合されたIRが次々とオープンする。

従来型のホテルとより統合されたIR

 IRというとカジノのイメージは強いが、実際には大規模なMICE、エンタメ施設、博物館や美術館など他のアメニティや施設も統合しており、ご存じの通り、全体に占めるカジノの割合は3~5%に過ぎない。

 ジュー氏は、「これはさまざまなアメニティを用意し、幅広い顧客層をターゲットにしているから。IRは戦略的に計画されたリゾート施設であり、将来的な顧客のニーズなどを想定しています。顧客を呼び込むのはこれらすべての内容とサービス要素で、そこから地元の歴史や文化のユニークさを組み合わせることが重要になってきます」と統合型であることの重要性を指摘する。

 実際、シンガポールでは、IRが地域に2つ開業しただけで、国際観光客が30%も増えた。「どこでも30%増えるだけではないが、IRが与えるよい影響を表しています」とジュー氏は指摘。その上でセミナーの聴衆として想定されている企業経営者に向けては、3つのアドバイスを示唆する。

 1つめは「顧客の性向」を考えることだ。九州はアジアのゲートウェイ都市と近く、移動時間も短く、時差ぼけもない。言語以外の部分でも人の理解があり、技術の力で言語の壁も小さくなっている。九州という場所は、多くの人にとって行きやすいという魅力があるのだ。

 2つめのアドバイスは「頻度」で、2回目にいかに来てもらうかが鍵だ。「2回目は、経験値が高く、知覚の鋭いビジターが、より価値の高い体験を求めます。そのため予算もより高く、ユニークな体験には消費をいとうことはありません」と指摘する。

 3つめのアドバイスは「滞在期間」。これこそがまさにIRの統合の効果が発揮されるという。旅行者だけでなく、コンベンションの参加者、家族、どんな人にも対応できる。ゲーミングは一部に過ぎず、他にもさまざまなコンテンツがあるため、滞在時間を延ばすことができ、2回目の客、リピータ客はさらに長く滞在してくれる。「地域に特化した要素を組み込めば、さらにユニークな体験を作り上げることができます。唯一無比の体験のためには、他の場所に行くことはありません」とジュー氏は語る。

MICEという言葉に縛られず、会議の外で起こることも重要

 続いてIRにおける集客エンジンの1つであるMICEの役割について。MICEのイベントとしては大きく展示会のショーとカンファレンスの2種類あるが、代表的なイベントとしては世界最大のエレクトロニクスのショーである「CES」が挙げられる。毎年1月に開催されるCESには業界のメディア、地域企業、来場者などが集まるため。企業は製品の特徴やデザインをアピールできる。そのため、業界内外でも大きな影響力を持っている。

 さまざまな業界の中でも、自動車、製薬、電子機器、ITなどの産業においては、こうしたリアルのショーが非常に重要になるという。産業基盤が確立されていることに加えて、製品自体が非常に高度だからだ。「電話やZoom会議、マニュアルを読んでなんとかなるレベルではありません。営業チームを研修するためには最先端技術と製品への深い理解が必要で、全員を1箇所に集める大規模な会場が必要になります」とジュー氏は指摘する。

 ジュー氏がかつて勤めていたラスベガスにあるサンズコンベンションセンター、ヴェネチアン・パラッツォホテルは、トータルで500万平方フィート(約46万㎡)を誇る。「ボーイング747を7機並べられる」とジュー氏は笑う。こうした会場におさまる大規模なユーザーをさばききる部屋数、宴会、配膳業者、あるいはエンタメ用の会場も必要だ。

 さらに「MICEという言葉に縛られず、会議室の外で起こることも重要」とジュー氏は指摘。多くの参加者は、ホテルを予約する際に、カンファレンス以降の予定を考えるし、カンファレンス以外の時間のナイトライフをどのように過ごすかも興味を持つ。「MICEも重要だが、MICE以外も忘れてはいけない」とジュー氏は語る。

 セッションの最後、ジュー氏は、大きなIRが地域に来ることに対する地元企業の不安について解説した。「カニバリが起こるのではないか、IRにビジネスを奪われるのではないかと思うかも知れませんが、これは絶対にありえません」と断言。オーストラリアの事例を引き合いに、大型のIRがあるシドニーやメルボルンでも、小規模なクラブはきちんと繁盛していると述べ、「ケーキを取り合うのではなく、ケーキをいかに大きくできるかが重要。こうすれば自分の取り分は増えるのですから」と指摘し、IRビジネスへの積極的な関心を聴衆に呼びかけた。

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