新型コロナ感染症によるIR基本方針案の修正点と海外のコロナ対策例 (2/3)

二上葉子

<海外のコロナ対策例>
1)従業員への取組
  従業員への取組として、実際に各地で実施されている主な内容を挙げると、「マスク/個人防護具の着用義務」「業務前の検温及び身体検査」「衛生手段教育」「防護具の使用方法教育」「定期的な手洗い指導」「体調不良の従業員の自宅待機」「感染疑いのある顧客と濃厚接触した従業員のリストアップ」「全従業員のPCR検査実施」「事業者ごとに政府との連絡係となる職員指名」である。

 行政機関の示すルールをもとに社員教育をした上で、陰性であることが確実な従業員を業務にあたらせ、日々の業務でマスク着用等のルールを徹底し、感染者が発生した場合は接触ルートを速やかに特定、万一感染疑いのある場合は自宅待機、カジノ管理を行う行政機関と緊密な連携を図る、ということである。

 ラスベガスではカジノ再開前、大手事業者は大学医療センターと提携し、共同で従業員の新型コロナ検査を実施。1日あたり10,000件の検査が可能な体制を整えていた。マカオでは、カジノ再開前、政府がカジノ全従業員を対象とした検査を一斉に実施。優先度の高いカジノディーラー、搬入スタッフ、セキュリティスタッフなどから順に、1日約4,000~5,000人の検査が実施され、マカオ全従業員5万8,000人以上をすべて検査した。日本型IRが実現した後、万一感染症が流行した場合、数万人規模のIR従業員の検査、ルール徹底が必要となる。ラスベガスでは従業員による安全対策違反を防ぐため、違反は解雇理由になるとの方針を打ち出した事業者もいる。

 従業員教育においては、ラスベガスもマカオも、カジノの規制当局が感染症対策のガイドラインを示し、それをもとに事業者が従業員を教育している。この対策もアップデートが重ねられるため、当局と事業者間での連携が非常に重要である。

2)顧客への取組
 顧客への取組としては、「マスク着用の義務」「施設入口での症状有無の確認、検温実施。症状のある場合の入場拒否」「入退場者の導線分離」「入場者のRCR検査陰性証明(マカオの場合)」「入場者の感染者接触アプリの導入(シンガポールの場合)」が挙げられる。

 顧客のマスク着用に関しては、ラスベガスでは6月4日のカジノ再開時、顧客のマスク着用は「必須」ではなく「奨励」されただけであったため、大手施設では顧客の約8割がマスクを着用していなかった。その後、規制当局により安全衛生方針が更新され、テーブルゲームのマスク着用が義務化。それでも着用が徹底されていなかったが、州全体で公的場所での着用が義務化された。日本型IRでも、顧客への安全衛生対策ルールの周知と徹底を、トラブルなく行う必要がある。

 また、シンガポールのIRの場合は、施設独自のアプリを導入して、感染した場合のルート特定を図っている。日本IRの場合は、カジノエリアは入場制限があり、誰が入場したかの履歴はわかるだろうが、カジノ以外のエリアを利用する顧客は不特定多数であるため、施設で陽性者が出た場合にどう対応し、感染拡大を防ぐのか、対策を考えなくてはならない。

3)ゲーム機器・ゲームテーブルの対応
 カジノエリア内での対応として、主に「スロットマシンの席の距離確保や仕切りの設置」「テーブルゲームの人数制限、距離確保」「ディーラーと顧客の間の仕切り設置」「(人数を集めがちな)ポーカーなどの一部ゲームの禁止」「立ち見客の禁止」が実際に行われている。

 席の距離の確保、仕切りの設置は、感染症流行時は当然のこととして受け入れられるが、人数制限や立ち見の制限を厳密に行うには、ディーラーやセキュリティスタッフによるチェックが必要となる。

 また、ラスベガスで新たに始まっているゲーミングのキャッシュレス化の動きは感染症対策としても有効である。今夏、コナミ・ゲーミングは、ネバダ州でゲーミング業界初のキャッシュレススロットのトライアルを実施した。キャッシュレス化は感染症対策になるだけでなく、オペレーターによる管理、追跡をシームレスに行うことにも繋がる。日本型IRでは、ゲーミングでのキャッシュレス化まで導入されるのか、これは運営事業者だけではなく、管理側の課題と言える。もちろん、ゲーミングエリア以外でのキャッシュレス化は当然行われるだろう。

4)ゲーミングエリアの収容人数
 ゲーミングエリアの人数制限は、現在、ラスベガスのあるネバダ州では建築消防法基準の50%以下、マカオでは通常時の50%以下。シンガポールでは7月再開時点ではマリーナベイ・サンズでは政府規定の25%以下を守るとし、ワールド・リゾート・セントーサではVIPのみに限定しての再開であった。韓国では明確なパーセンテージは示されていないが、韓国政府が掲げる、段階ごとのプロトコルに沿って運営。このように感染症が流行した場合、規制当局のガイドラインで収容人数の割合が示され、事業者はそれに従う形となるが、制限内での確実な管理運営体制が求められる。

 人数制限や導線の分離は、感染症流行時は、当然のことながら、ゲーミングエリアだけでなく、IRでは宿泊施設、ショッピングモール、MICE施設など全体で必要となる。

5)ソーシャルディスタンス
 ソーシャルディスタンスについては、列に並ぶ顧客同志の距離確保(アメリカでは6フィート〈1.8メートル〉、マカオでは1メートル)が実施されている。また、ラスベガスでは、レストラン・バーでの座席数制限もおこなわれている。社会的距離の確保の徹底は運用に負う部分が大きい。 

6)消毒
 消毒に関しては、「ゲーム機器の消毒頻度増」「ケージの消毒」「消毒液等の設置」「ゲーム用カードの消毒」「チップの消毒」が挙げられる。感染症流行時は必要な措置であるが、頻度や導入期間が増えれば、それだけ事業者のコスト負担にもなることを付け加えたい。

7)その他
 その他の対策としては、「ゲーミングエリアでの飲食禁止/特定エリアだけでの飲食」「新鮮な空気を取り入れる空調設備の設置」「感染があった場合のインシデントレポートの提出」「ゲーミングエリア内での喫煙禁止(マスク着用徹底)」「マスク回収リサイクル」等が挙げられる。

 また、世界中からの顧客を集めることが前提となるため、「空港からIR施設までの安全な導線確保」「外国人も含めた感染者の医療体制、隔離体制」なども考えるべき要素として挙げておく。ゲーミングエリア以外での公衆衛生対策を付け加えると、特に人を集めるMICEでは「入場者の迅速な検査導入」や生体認証による「PCR検査結果通知アプリの導入」等により、MICE施設内が安全なエリアであるという認知をあげていくことが重要となる。現段階のIRでのMICEは、トライアルイベントの開催が中心だが、今後開催を重ねることで、標準的な対策はどのレベルが妥当なのかが決まっていくだろう。

 以上、現在の諸外国の事例を紹介した。また、IRオペレーター単位での取組例としては、MGMリゾーツの発表した「7つの安全策(Seven-Point Safety Plan)」が、公衆衛生の専門家からの指導を受けた包括的で多層的な対策として、アメリカにおいて指標となっている。

MGMリゾーツ Seven-Point Safety Plan
https://www.mgmresorts.com/content/dam/MGM/corporate/corporate-initiatives/safely/seven-point-safety-plan.pdf