万博の成果をIRに 大阪IRのキーマンが語る「ピンチはチャンス」

大谷イビサ(JaIR編集部)

 新型コロナウイルスの影響で、IR誘致プロセスが遅延しつつある日本の統合型リゾート(IR)。また、コロナの影響を受けたIR事業者が巨額な投資に耐えきれるのかも大きな課題となってきた。大阪府・市と連携してIR誘致を展開する大阪観光局 局長の溝畑宏氏に大阪IRの課題と将来像についてオンラインで話を聞いた。なお、溝畑氏は大阪府市IR事業者選定委員会の副委員長も務めている。(聞き手:JaIR編集委員・玉置泰紀 以下、敬称略)

大阪観光局 局長 溝畑宏氏

スケジュールと投資規模の変更には柔軟に対応したい

玉置:まずはスケジュールについて確認したいです。「大阪のIRは延びるのか?6月4日の松井市長の記者会見を読み解く」という記事にも書いたのですが、開業時期に関して、3月の段階で松井市長も「大阪・関西万博に間に合わないのはやむなし」というコメントをしていました。当初の2026年3月(2025年度末)が、場合によっては2028年3月(2027年度末)もありうるということでしょうか?

溝畑:まずIRの事業は民設・民営で、事業者が投資する前提です。でも、コロナウイルスの影響を受けて、売上がほとんど出せない今の状態で、事業者が投資計画を打ち出せるかといったら、とてもじゃないけど難しいと思います。

とはいえ、経営って目の前の話だけではなく、中長期的な計画も絶対に必要。遅かれ早かれ、コロナウイルスはいつか必ず終息しますから、それを見据えてスケジュールが3ヶ月、6ヶ月遅れるのは、全体の計画に大きな影響を与えないと私は考えています。

玉置:大阪・関西万博への影響は避けられないですね。

溝畑:事業者の選定は年明けになるかもしれません。もはや2025年の大阪・関西万博に間に合わせるのは物理的に困難だと言わざるを得ません。とはいえ、スケジュールに関しては、いまの時点では見通しが明確ではないのですが、できるだけ早期にプロジェクトを進むことを望んでいるという状況です。

IRの開設にあわせて、JRや京阪などの交通インフラ整備も関連してくるので、もちろん早ければ早いに越したことはないですが、やはり作るのは事業者。悩ましいところではありますが、投資の規模や建設の時期は彼らとの話し合いによる調整が必要になります。

玉置:コロナウイルスの影響でスケジュールはもちろん、投資規模についてもずいぶん変わってくるのではないでしょうか?

溝畑:当然、事業者の経営環境とスケジュールの遅れで、投資規模が変わってくることもありえます。あくまで民設・民営なので、条件を押しつけるのでなく、彼らの話もきちんと聞きます。ですが、世界最高水準のMICE、日本の観光のショーケース施設、オンリーワンを謳うエンタテインメント施設、世界最高水準の宿泊施設というリクエストは今までと変わりません。万博とIRをセットで進めるかどうかは別として、観光立国である日本、大阪という都市の魅力をいかに最大化するかという観点でプロジェクトを捉えるべきだと思います。

玉置:あとはRFPの基準に関しても、コロナの前とあとではけっこう変わってくると思うのですが、ここらへんはいかがですか?

溝畑:IRのコンセプトや原則に関しては、政府も、大阪も、長年にわたって議論を重ねてきているので、そんなに大きな変化はないと思います。

ただ、今までに比べて、コロナウイルス対策や台風・地震対策といったリスクマネジメントの部分が重要視されるようになるでしょう。あとは先ほどから話しているスケジュールや投資規模に関しても、若干の変更は出てくるというのはわれわれの見立てですし、そこらへんは柔軟に対応したいです。

観光戦略は量から質への転換が重要になる

玉置:次に万博との相互作用について逆に言えば、1~2年遅れることで、時間的な余裕が生まれたという考え方もできますね。

溝畑:はい。万博を見据えた観光戦略を改めて練り直すいい時期になると思います。

確かに4.8兆円の規模だったインバウンド需要は、今回のコロナ禍で大打撃を受けています。でも、将来に向けて反転攻勢をかけるための時間を与えてくれたとも言えます。現在、世界はコロナ禍で分断の危機にあり、人種差別の問題が出ていますが、こんな時期だからこそ、日本はもっとリーダーシップをとって、協調・共生を訴えるべきです。

玉置:実際、今回のコロナウイルスへの対応も、数字を見ると、きちんと成果が出ていると思います。日本政府が発信した「日本モデル」というアプローチも、世界各国にかなり好意的に受け止められています。

溝畑:結果的に死者が少なかったということに関しては、日本人の衛生感覚や忍耐強さ、そして規律正しさが美徳として誇れるのではないかと思います。だから、ダイバシティ、LGBT、多様性の問題に加え、安心・安全・清潔などの分野では、むしろ日本の強みが出せるはずです。コロナウイルスが終息し、新しい世界が生まれるときは、日本は世界のリーダーシップをとっていくべきだし、そうなったときは今回の万博も意味づけが変わってくるはずです。

特に三密を避けるという点では、観光戦略も量から質への転換が重要になりますし、安心・安全・快適な環境を作っていかなければなりません。そして、質の高いサービスという新しい市場に向けては、古い常識に固執せず、変化に対応できる会社のみが生き残っていくことになると思います。

玉置:今回の大阪・関西万博は、もともとヘルスケアがテーマですよね。「いのち輝く未来社会」を掲げ、ソサエティー5.0やSDGsまで含めた、これからの世界で人間がどう生きていくのかみたいなテーマ。期せずしてポストコロナの時代を見据えた内容になってますね。だから、IRの前に万博が来るのはそれなりに意味があるのではないかと思います。

溝畑:もともと万博は観光立国・地方創生の起爆剤と位置づけており、ヘルスケアやソサエティ5.0、SDGsなど日本の持つキラーコンテンツのブランドに磨きをかける場だと思っています。万博の成果やフィードバックを活かし、IRが新しいインバウンドの需要に応える質の高いサービスの受け皿になればよいと思います。

もちろん、先にIRがインバウンドの受け皿となって、万博に行きたかったところですが、こうなってしまった以上は万博のコンテンツや理念をIRの中に埋め込んでいくことが重要になると思います。

MICE施設のキャパシティは必要だが、オンラインも模索すべき


玉置:いろいろな意見はありますが、今までIRの目玉は大規模な集客を見込めるMICEでした。特に日本は他のアジア諸国に比べてMICEが立ち後れているという課題があったと思います。しかし、新型コロナウイルスの影響で、そもそも3日間に10万人を集めて、ぎゅうぎゅうのイベントをやること自体が無理になってくるのではないかと思っています。こうしたMICE前提のIR戦略についてはどうお考えでしょうか?

溝畑:ソーシャルディスタンスをはじめとした一連のコロナウイルス対応はあくまで非常時の対応だと考えています。世界のMICE市場の中でオールインワンのMICE施設がない。10万㎡の展示場と1万㎡の国際会議場が併設されていないと、一流のイベントが呼べない。こうした課題に関しては何度も議論を重ねているので、キャパシティに関する方針は変わりません。

一方で、三密を防ぐような対策は運営上のコントロールでできるはず。会場に行ってみたら、すごい満員だったということにならないよう、AIやIoTなどのテクノロジーを用いて、会場の密集度をリアルタイムにチェックしたり、運営の導線を最適化することができると思います。

あとは会場に来なくてもイベントを楽しめる方法も必要です。集客人数は減るかもしれませんが、結果的に満足度は高められるかもしれません。

玉置:実際、ドワンゴのニコニコ超会議は今回初めてリアルイベントを完全オンライン化したことで、ネット動員数が680万人/2日から1680万人/8日に伸びました。そう考えると、オンラインイベントは伸びしろが期待できますね。

溝畑:商談などが発生する場合はリアルイベントが基本ですが、特にB2Cのイベントでは物理的に行けない人や混んでいるところがダメな人も参加したいというニーズに応える必要があります。ですから、「参加型イベント」のイメージを変えていくという意味においては、今回の万博そのものの運営に対して、コロナウイルスがいい影響を与えるのではないかと思います。かたくなに人数を集めるだけではなく、満足度を高めるために見せ方も変えていかなければなりません。

玉置:ニコニコ動画でやっていた疫病退散を祈願する東大寺のリモート参拝も非常に活況でした。

溝畑:いくつかパターンありますよね。いきなりリアルは敷居高いからオンラインで参加するという選択もありだと思います。

プロサッカーだって、今まではいっしょに肩を組んで、スタジアムで旗を振ることが重要でしたが、同じ空間を共有するという応援のやり方にこだわらなければ、マーケットはもっと拡がっていくはず。今回のような無観客試合だって、どうやって参加感を出して行くのかは1つの実験ですよね。リアルの価値は大事にしたいのだけど、選択肢を増やしていくことが重要です。リアルの価値がフラットではなく、階層化されていきそうな気がしますよね。

感染防止活動と経済活動再生の両立が必要になる


玉置:新型コロナウイルスの前と後で、世論形成になにか変化はありますでしょうか?

溝畑:大阪は2009年に当時の橋本徹知事がIR誘致を宣言して、何回もの選挙や説明会を経て今に至っています。私も30回以上、市民集会や講演会で観光戦略における重要性を語ってきました。こうして10年かけて築いてきた世論形成は、そんなに簡単には崩れないです。むしろ、みなさんからはコロナの影響でIR事業者がちゃんと投資してくれるかと心配されているくらいです(笑)。

玉置:コロナウイルスで縮退した経済の起爆剤としてもIRは必要になると思います。

溝畑:私がいまみなさんにお願いしているのは、コロナウイルスに関しては感染拡大防止の一点張りではなく、経済活動再生のために「どうやればできるか」を考えてほしいということです。感染拡大を防ぎつつ、いかに経済活動を再生させていくかは、世界からも注目を集めているはずです。

たとえば、今回のプロ野球やJリーグの再開に関しても、感染拡大防止と経済活動再生を両立した方策がとられています。これをうまく両立し、オリンピック開催にまでこぎ着ければ、国際社会での日本のプレゼンスはさらに上がります。だから「ピンチはチャンス」なんです。

大阪観光局
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