開業9年のマリーナベイ・サンズが地元企業にもたらしたもの

二上葉子

 シンガポールではIR開業から9年以上が経過したが、IRは地元企業に何をもたらしたのか? 開業時からマリーナベイ・サンズとの取引を続け、事業規模を大きく成長させることに成功した地元中小企業、モントルー・パティスリー社とダイヤモンド・ガラス社のケースを紹介したい。
 

家族経営から最新式の工場稼働へ

 モントルー・パティスリー社は、現在マリーナベイ・サンズのホテルに高級菓子やパン類を卸す創業24年の企業だ。同社の菓子・パン製造工場はマリーナベイ地区から車で約30分、マレーシア国境近くの工業団地にある。従業員数は約110名、2交代制で稼働している。

数々の受賞歴があるモントルー・パティスリーの菓子類

 もともとモントルー・パティスリーは家族経営の小さな会社だった。しかし、シンガポールでのIR導入を事業拡大の一大チャンスと捉え、開業前から参入機会を模索。IR事業者であるサンズと直接コンタクトを取りながら準備を開始した。

 IRで提供される食品は最高級であることが求められており、厳しい品質基準が設けられている。モントルー・パティスリーは、同業他社とのコンペティションを勝ち抜き、さらにサンズと緊密なやり取りを重ねながら、オリジナル商品を開発するに至った。今では40種類の商品をサンズに納入している。

 IRとの取引開始以降、年間売上は右肩上がりで、収益は25%アップした。サンズとの取引額は売上全体32%を占め、サンズ以外のホテルや教育機関などとも取引を増やしているという。

モントルー・パティスリー リー・チシュン専務

 もちろん、この成功の裏に、課題がなかったわけではない。モントルー・パティスリーのリー・チシュン専務は、「工場への設備投資や人材の確保、そして拡大を続ける事業全体のハンドリング。多くの課題はあった。しかし、サンズと一緒に挑戦するのだから、リスクを取るのは怖くなかった」と言い切る。

 資金提供などの直接的な支援こそなかったが、サンズとの取引は自社の企業価値を高め、結果的として政府の助成金280万シンガポールドル(約2億2300万円)の獲得につながった。設備投資として、最新式の設備を導入することができた。また人材確保に関しては、利益増に伴い社員給与をアップすることで、特に地元女性たちにとって人気の就職先となったという。
 

サンズとの取引実績で得た信頼

 サンズとの取引をきっかけに成功を収めた会社としてもう1社、ダイヤモンド・ガラス社を紹介したい。ダイヤモンド・ガラスは、窓ガラスの設計から製造、設置、清掃までフルサービスを担う新興企業だ。

ダイヤモンド・ガラス社 工場での作業の様子

 マリーナベイ・サンズは、3棟の高層ホテルの上に船を乗せたデザインのユニークな建築で有名だが、ダイヤモンド・ガラスはこの特殊な建物のガラス面の清掃からメンテナンスに至るまで一手に請け負っている。2006年の創業時は2名で始めたガラス清掃業だったが、今では2か所の工場を有する。社員数は200人、年商6000万シンガポールドル(約48億円)の企業に成長した。

ダイヤモンド・ガラス ケーシー社長

 ダイヤモンド・ガラスのケーシー社長は、「私たちはIRがきっかけで、小企業から中企業へ、そして大企業に成長した。地元の雇用創出につながっている」と力強く語る。同社はサンズとの取引をきっかけに、高層建築や特殊な設計のガラス面を持つ施設の清掃やメンテナンスのエキスパートとして、シンガポール国内外での大型受注が増えた。2019年4月にはシンガポール・チャンギ国際空港にオープンしたショッピングモール「ジュエル」の巨大プロジェクトにも関わり、順調に事業拡大を続けている。
 

共同事業での成功の秘訣は?

 今回取材をしたモントルー・パティスリーのリー・チシュン専務、ダイヤモンド・ガラスのケーシー社長のそれぞれに、「IRとの取引において成功の秘訣は?」とうかがったところ、奇しくも同じ言葉が返ってきた。「集中することに集中する」だ。サンズと新しい共同事業にとにかく集中し、努力してきたというのだ。

 他方、IR事業者であるマリーナベイ・サンズ調達担当責任者のスリダー・カンダーダイ氏に地元企業とのパートナーシップについて聞いたところ、「当社は地元企業とのイノベーションに特に力を入れている。積極的にチャレンジを続ける地元の中小企業を求めている」と熱く語ってくれた。
 
 IR事業者と地元企業。立場は違うが、IRにおいて常に一緒になってイノベーティブな取組みを続けている。このサイクルがIRの価値を高め、ひいては地元経済の活性化にもつながっているのである。

■関連サイト
マリーナベイ・サンズ
https://jp.marinabaysands.com/