元ギャラクシー岡部智氏が振り返る日本型IRの十年と次の未来 (1/4)

大谷イビサ(JaIR編集部)

 電通で日本のIRの立ち上げに関わり、その後ギャラクシー・エンターテインメント・ジャパン(以下、ギャラクシー)の総支配人となった岡部智氏に取材することができた。黎明期の日本のIR業界、ギャラクシー時代に学んだこと、今後の日本型IRの道筋など幅広く聞いた。(以下、敬称略 インタビュアー JaIR編集委員 玉置泰紀)
元ギャラクシー・エンターテインメント・ジャパン 総支配人の岡部智氏

上司からの「カジノをやってくれないか?」


玉置:まずは岡部さんがIR業界に入るまでの経緯を教えてください。

岡部:2007年から2010年の間、インドネシアに赴任していました。当時はIRとまったく関わりがなく、現地で広告クライアントの仕事をしていたのですが、帰国してから事業開発の部門の配属になりました。そこでいろいろなプロジェクトやイベントを担当していたのですが、ある日、局長室に呼ばれて「カジノをやってくれないか?」と言われたんです。当然、「はっ?」という返答です。ギャンブルなんて全然詳しくなかったのですし、触ってもいなかったですから。

でも、事業開発の部門なので、確かにカジノを研究している先輩もいました。当時2010年はシンガポールのマリーナベイ・サンズが営業をスタートし、民主党政権下でカジノ議連がIR議連に名前を変えた頃です。実は、ライバルとも言える博報堂さんはこの頃にはすでにIRに向けて動いていました。

そして、東日本大震災のあった2011年の夏くらいに、経営陣もIRの動きを本格化しようと考えたらしく、僕を呼んだんです。そして、その年の11月にカジノ&エンターテインメント事業部長を拝命し、電通のIRプロジェクトを担うことになったんです。

玉置:カジノ&エンターテインメント事業部とはまたストレートですね(笑)。

岡部:部署名にカジノを入れる必要はないだろうということで、けっこう社内でもめたらしいですけどね(笑)。確かに電通があのカジノ事業に手を出したということで、広告業界内ではそれなりにインパクトも十分あり、話題になりました。

とはいえ、いきなりカジノの部門を作っても、具体的にどんな活動をすればよいか会社も本人もわからない。カジノに関わるクライアントから広告をいただくなり、電通自らが出資して何かしらの事業をやるなり、とにかく何をビジネスにするかも考えろと言われた状態でした。とはいえ、クライアントから広告をいただくビジネスフレームは従来と同じだったのでつまらないと考え、まったく新しいことをやろうと思って上司と相談しながら事業化検討の方向に進みました。
 

教科書がなかったIRビジネスの立ち上げ お気に入りのIRは?


玉置:前例のないIRのビジネスですが、立ち上げ機はどんな感じだったのでしょうか?

岡部:なにしろ日本にはカジノやIRがない。「教科書も、参考書もないわけだから、当然海外で実物を見てきていいですよね」という理屈で、とにかくIRを回りました。まずは近場ということでマカオ。サンズは2007年からありましたが、コタイ地区は開発され、ギャラクシーはオープンしたてですね。次に行ったのは韓国。ソウル市内のウォーカーヒルとか、セブンラックのほか、カンウォンランドも行きましたね。その後訪れたのがシンガポールですね。

玉置:ファーストインプレッションはいかがでしたか?

岡部:マカオはとにかく夜が更ければ更けるほど、ものすごい人数がカジノフロアに集まってくるんです。22時~2時くらいがピークで、怖いくらいの熱気があって、異様な雰囲気だったのを覚えています。マカオはとにかく鉄火場で賭けごとするイメージがありましたから、シンガポールのほうがやや洗練されている印象はありましたね。

2012年にはラスベガスに行きました。たまたま電通の上司がラスベガスでイベント関連の仕事をしていた関係で、数社のカジノオペレーターの社長とも懇意にしていましたので、事業の説明をしてきました。

とにかくラスベガスはやはり一番印象的でしたね。最初に行ったとき、ロスから飛行機に乗って、ラスベガスに着くくらいがちょうど夜。飛行中、ずっと砂漠でなにも見えなかったのに、突然すごい夜景が出てくるのがとても感動的でした。

玉置:そんな中、岡部さんが好きなIRはどこですか?

岡部:個人的にはオーストラリアにあるメルボルンのIRは今でも一番好きですね。周辺の街の雰囲気、調和がとても洗練されていて日本にはピッタリだと感じました。また、カジノ場内のステージでちょっとしたショーがあるとか、やっぱりおしゃれな雰囲気でしたよね。

ラスベガスもマカオのような場所は日本にはないし、マリーナベイ・サンズもあくまで人工的に造られた造成地。以前、ある自治体の方に「この街にはどこのIRが向いていますかね」と聞かれたときに、「普通のまちにIRをつくるのであれば、メルボルンが参考になるのでは?」とお話ししました。