【日本型IRの夜明け】IRのコンセプトを知らしめたシンガポールと日本の関係

塚田正晃(タイトエンド)

 タイトエンドの塚田正晃氏が日本型IRについて多角的に解説する連載の第1回。今回はIRというコンセプトを世界に知らしめたシンガポールモデルをひもとく。日本と同時期に議論がスタートしたシンガポールは、なぜ世界をリードするIRを作ることができたのだろうか?

スタート時点は同じだったシンガポールと日本

 今から約20年前。1999年に東京都知事に就任した石原慎太郎氏が、都の財政再建の切り札として、同時にバブル期の負の遺産として難航していた臨海副都心地区開発の突破口として、「お台場カジノ構想」を提唱しました。これが日本におけるIRの最初の具体的な動きとされています。

 とはいえ当時は「複数の施設を一体的に開発・運営していく統合型リゾート=IR」という考え方ではなく、あくまでもお台場にカジノを作ってラスベガスの様な賑わいをもたらし、海外からの観光客=インバウンドを増やす…という構想でした。2002年には都庁の展望室にルーレットを置いて擬似カジノを開くといったPRイベントも行ない、大きな注目を集めたものの、賭博を禁止する法律の改正や、インバウンドを迎え入れるための羽田の24時間化といった国を動かすほどの力にはならず、この構想は立ち消えとなってしまいました。

 同じ頃、シンガポールの新首相に就任したリー・シェンロン首相が同じようなことを考えます。観光が最大の産業であるシンガポールの未来を確かなものにするために、当時のお台場と同じく臨海再開発エリアだったマリーナベイなどにカジノを誘致するという構想です。実際にはシンガポールのIR構想が具体的になった時期が2004年頃とされているので、お台場構想を参考にしているとも言われています。

 それまでシンガポールでも何度かカジノ論議が交わされていましたが、クリーンな国家のイメージにふさわしくないとして、建国の父でありシェンロン首相の実父でもあるリー・クワンユ元首相が反対の姿勢を崩さず、世論も大きな関心を示さなかったため、形になることはありませんでした。しかし、シェンロン新首相は「我々はカジノを作るのではなく統合型リゾート(IR)を作るのだ」というビジョンを示すことで、日本と同じようにカジノに反対する国民とリー・クワンユ元首相の心を動かします。そして、IRの実現に向けて法を整備し、議論を活発化させていくことに成功しました。

 IRという考え方はこの時シンガポールで生まれたというのが定説になっています。単なるカジノの設置だけではなく、直接採算を取るのは難しいけれど、人を集め経済を動かし、ひいては国を潤す、いわゆるMICEと呼ばれる施設群を、カジノが生み出す利益を使って「統合的」に運営するという仕組みです。

 もちろんラスベガスにもMICE施設は数多く存在しており、カジノ事業者が運営しているものも少なくないのですが、これらとどこが違うのでしょうか? ユーザー目線で見れば同じように見えますが、すでにカジノが存在している場所にさらなる集客のためにMICE施設やファミリー向けリゾートを作ってきたラスベガスと、カジノもMICEも何もない場所にMICEの設置運営を条件としてカジノの開設を限定的に認める形で一体的に開発運営するIRはその成り立ちが違います。国家として税収増やインバウンド増を目論み、国策として計画的に推進するのがIRです。この考え方と、ある種独裁的な仕組みを持つシンガポールの体制がIRを牽引して行くことになります。
 

2つのIRを開業させたシンガポール10年の快進撃 そして日本

 本格的な議論が始まってからたった7年後の2011年、シンガポールでは2つのIRが開業しています。1つはアメリカのラスベガス・サンズが開発し運営するマリーナベイ・サンズ。3つの高層ホテルの上に船を載せたような形の建物は世界中の注目を集め、一瞬にしてシンガポールのアイコンとなりました。ハイブランドのお店がずらりと並ぶショッピングモールや、3棟をつなぐ形の屋上に設置された宿泊者専用プールが、セレブ感溢れる大人のリゾートのイメージを決定づけました。

 一方で、マリーナベイから車で30分ほどの距離にあるセントーサ島には、マレーシアのゲンティンがリゾートワールド・セントーサを開業しました。USS(ユニバーサルスタジオ・シンガポール)や水族館など子供も楽しめる施設を揃え、ファミリー向けリゾートの味付けを濃くして方向性を明確にしています。どちらもカジノが生み出す利益で統的に運営されているものの、その存在を大きくアピールをしない形で、カジノ目的とのユーザーと棲み分けにも成功しています。

 シンガポールはIR開業と並行してチャンギ国際空港をさらに未来的で美しく整備したり、マリーナベイでのF1レース等の多くのイベントを開催するなど、次々に話題を提供していくことで、海外からの渡航客は倍増していきました。IR前の2009年には約1000万人だった外国人訪問客は開業後の2014年には1500万人を超え、コロナ直前の2019年には2000万人に迫っていました。

 カジノと同時にMICEを充実させたシンガポールは多くの国際会議や見本市を誘致。また、ギャンブル依存症が増え、街が荒れるという国民の不安を回避するために自国民にはカジノ入場料(2019年からは約1万2000円)を課すなど、数多くの施策を打ったことで当初想定された多くのカジノ・リスクも回避することに成功しています。

 一方の東京はアジアの中心の座を徐々に奪われていきます。シンガポールと同じ頃に構想されたにも関わらず、IRを実現することのできなかった日本で、カジノ・IRという言葉が再びささやかれ始めたのはシンガポールIRの形が見え始めた2010年のことでした。民主党の古賀一成議員を会長にした超党派による国際観光産業振興議員連盟、いわゆるIR議員連盟が結成され、カジノ解禁に向けた議論を活発化させ、法制化を推進し始めました。当時の安倍首相による成長戦略の大きなピースであった、インバウンド増に向けた政策とも合致し、2016年12月にはIR推進法が成立、2018年7月のIR整備法が成立し、今度は実現に向けた大きなうねりとなっていきます。

 なかなか審議の進まなかったIR関連法案が一気に成立した背景には、アメリカの新大統領に就任したトランプ氏とその有力支援者であるカジノ業界最大手のラスベガス・サンズのアデルソン会長の影響があったとも噂されました。大統領就任前にニューヨークのトランプタワーにいち早く安倍首相が面会に駆けつけた際にもアデルソン氏が同席しており、このあたりの事実が噂の根拠となっているようです。


シンガポールの成功例を日本は追えるのか?

 さて、2018年7月のIR整備法成立当時のスケジュール予測では、2019年度中には各候補地が事業者を選定し、2020年度中には立候補地からの国に対する申請を受け付け、最大3箇所の候補地を決定する流れとなっていました。北海道から沖縄まで多くの自治体がIR誘致の検討を始め、誘致を推進する行政やオペレーターが用意する資料には、シンガポールの成功例が数多く見られました。その有効性や安全性を謳い「シンガポールはこんなにうまくやっている。だから大丈夫。我々もやろう!」と。
でも、そういう話で良かったのでしょうか? もしも東京(日本)が、シンガポールに先んじてIRを開業できていたらどうなっていたのだろう? そう感じずにはいられませんが、もはや歴史を変えることはできません。日本のIRはシンガポールをお手本に微調整する形で追随して行く道を進み始めました。

 ご存知のように、IRを目指す各候補地では推進派と反対派が対立し、さまざまな理由で次々に脱落していきました。さらに、新型コロナウィルスが世界を大きく変えてしまい、大成功だったシンガポールをはじめ世界中のカジノ・IRも多くの損失を生み出していきます。日本国内でも「コロナ渦の中、IRの議論なんかしている場合か?」という空気、さらには秋元議員の逮捕による汚職イメージが重なりIRのスケジュールも大きく後ろにずれ込んでいきます。昨年の8月、IRが大きな争点となった横浜市長選で反対の立場を取る山中竹春氏が選ばれ、IR誘致の最有力候補と目されてきた横浜市も立候補の手を下ろしてしまいました。これに呼応するように、残る3候補地である大阪、和歌山、長崎でも市民の反対、再検証の声が高まってきています。

 横浜市長選では「カジノ反対!」の連呼に終始していたように感じました。やめてしまうのは簡単ですが、20年前と同じ結論で大丈夫でしょうか? 私はカジノの良し悪し以前に日本にはしっかりとしたMICE施設が必要だと考えています。シルク・ドゥ・ソレイユの「オー」や「カー」のようなスケールの大きなエンタメを作るべきだと思うし、なにより観たいと思っています。そこに賑わいが生まれ、人が集まってくるのであれば、世の中が活気付くのではないか。それを実現するための一つの方策としてIRという考え方はあるのではないかと思っています。もちろん危険をはらんだカジノをはじめ、たくさんの問題を乗り越えていく必要はあります。

 この連載ではIRのメリットとデメリットをきちんと整理して理解して議論して、日本にあるべきIRの形を見据えていくために、いろいろな角度からIRに関する情報をできるだけフラットに確認して整理していきたいと思います。

 次回はMICEの意味とそれが日本に必要な理由を整理していきます。


 
塚田正晃

株式会社タイトエンド代表取締役社長。株式会社アスキー・メディアワークスで編集、営業、経営を経験。合併後の株式会社KADOKAWAで次世代に向けた新規事業を模索する一環として、ここ数年はIRに関する取材、研究を続けてきた。世界中のIR、カジノを視察し、フラットな目線でIRを見つめている。