リスクマネジメントの観点で見たIRのビジネス 木村彰宏氏に聞く (2/2)

大谷イビサ(JaIR編集部)

IRでは小さな火種でもきちんと消していかなければならない


玉置:現状の国内のIRの動向や課題についてご意見を聞かせてください。

木村:事業者、自治体、市民、それぞれの相互理解がまだ不十分だと思います。

まず海外のIR事業者は日本固有の政治や法制度、自然環境、文化、ものづくりなどをまだあまり認識出来ていない部分があります。誤解している部分は多いようです。一方で、ゲーミングやエンタテインメントの実績を考えると、やはり国内の事業者だけでは現実的には難しく、当然、北米やアジアのIR事業者に参入してもらう必要があります。

また、日本の地域住民からすると、そもそもカジノは日本にないので、連想するのはギャングだらけのラスベガスのイメージ。最新のカジノがどのようなオペレーションやマネジメントに基づいて、あれだけの集客を実現し、地域の活性化、治安の確保などを実現しているのか充分に理解していただけていない状況です。IRを検討している自治体や参加企業も、コロナの影響があって、現地になかなか行けなかったこともあり、最新のカジノを見て、肌で感じる前に、区域認定にまで突入している可能性があります。

玉置:まさに市民の支持を得られなかった横浜の事例ですね。

木村:最新のカジノがどういうもので、どんな効果があって、どこに問題点があるのか、明確に出来ていないもしくは伝えられていないというのが現状だと思います。不明瞭な中で進んでしまい、市民も不安を感じて、実現できなかったのが今回の横浜の市長選だったのかなと想像しています。個人的には、カジノがイヤだから反対派に入れたのではなく、よくわからないから反対派投票した方が多かったのではないかと思っています。

IRの区域認定制度は、ワンストライクアウトになる事があります。そのため、小さな火種でもきちんと消しておかなければならない。さまざまなリスクに対して、きちんと対応し、きちんと住民(地域)に伝えていく。IRは確かに民設民営ですが、自治体も情報提供をし続けないといけないと思います。

玉置:2年前、ボストンのIRに行ってきたのですが、草の根のタウンミーティングをかなりの回数重ねたようです。その他、環境保存の取り組みや交通インフラの整備などを進め、長い時間と努力の結果として、地元の理解を得たという話を聞きました。アメリカでも、やはりIRが簡単に建つわけではないんだなあとつくづく感じました。

木村:ややIRとは関係ない話になるかもしれませんが、中国はデジタルテクノロジーの社会実装が進んでいます。生活は便利になる代わり、市民は個人データを行政等に取得されます。これに関して、中国人の友人に聞いたのですが、10人中9人は「昔より今の方が生活が劇的によくなったからまったく問題ない」という回答でした。

カジノができてマイナスなことも少しあるかもしれない。でも、それを圧倒的に上回るメリットがある。それをきちんと伝えていくことは重要です。見える化すること、体験してもらうことを積極的にかつ継続的に行なうことが必要だと思います。
 

リスクマネジメントの観点で見た大阪、和歌山、長崎


玉置:下世話な質問ですが、区域認定計画に提出する大阪、和歌山、長崎についてはどう見ていますか?

木村:大阪は上手くいくと思います。府・市が一体化して稼働していますし、経済界も基本的に賛成している。これまで永く実施してきた府・市や経済会の努力がきちんと実っていると思います。また、京都、神戸、奈良などの観光資源、そして、巨大な経済圏を有していますし、また交通の便もいいことがあげられます。

加えて、リスクマネジメントの観点だと、夢洲という地域に一定のリスクを封じ込めることができるというメリットがあります。一方で、夢洲に顧客が囲い込まれてしまうという見方もありますので、地域への波及効果をどのように実施して、そして見せていくかが大きなポイントだと思います。十年後に、「IRできたけど、大阪(関西)経済よくなった?」と言われないようにするためにも、見える化が重要です。

玉置:和歌山はいかがですか?

木村:背面にある観光資源、巨大な経済圏など、大阪の近くであるがゆえに、大阪と重複する部分が多いと思います。

逆に言えば、大阪にはない特色、和歌山らしさをどこまで出せるか、交通アクセス等をどのようにデザインするのか、すごく興味あります。大阪にはない特徴が出せて、かつ、上手に大阪と相互補完し、相乗効果を発揮できると考えると、非常に楽しみで期待しています。

玉置:確かに未知数な分、楽しみではありますね。

木村:大阪にしろ、長崎にしろ、和歌山にしろ、ターゲットが重複するとお客さまの争奪になってしまう。カジノはIRの収益の大部分を捻出する源泉になりますので、どの地域から、どのような層のお客さまを誘致するのかといった、マーケティングもすごく重要になると思います。

玉置:長崎は地政学的に中国的にも近いし、上海航路もあるし、ハウステンボス自体が中国の観光客が多かった。今回はオーストリアの事業者が手がける欧風のカジノになりそうですが、ユニークな立ち位置になりそうですね。

木村:最初は欧州の事業者選定に違和感もあったのですが、他地域との差別化を考えると
いい選択だなと思います。単に長崎だけの地域振興を考えているのではなく、九州を含めた地方ならではの日本版IRを、欧州の文化を取り入れて、しっかり活性化していこうという方向性が見えます。

ヨーロッパのカジノって、いわゆるミドル・VIP向けで欧州やアジアと明らかに違います。実は学生時代、卒業旅行でオーストラリアに行ったのですが、国営のカジノに行こうとしたらスーツが必要でした。でも。どうしても行ってみたかったので、現地でスーツを買いましたね(笑)。当時は007もショーン・コネリーやロジャームーアでしたが、こういうカジノでポーカーに勝利するんだなと感慨にふけりました。みんなドレスアップして、優雅に遊ぶんですよね。長崎にヨーロッパ風のカジノができるのであれば、それは本当に楽しみです。

玉置:逆に長崎IRのリスクはどこでしょうか?

木村:ありきたりですが、やはり背面にある観光資源の分散と交通アクセスですかね。リスクという点では、やはり九州は自然災害が多い地域です。自治体や事業者はもちろん認識しており対応していますが、他の地域よりは対策等をしっかりしていかないといけないと思います。

玉置:ありがとうございました。

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