ニューノーマルに向けた日本型IRの可能性 国は柔軟な対応を

大谷イビサ(JaIR編集部) 写真●曽根田元

観光や経営の観点でIRを研究している東洋大学 国際観光学部国際観光学科 佐々木 一彰教授/博士(地域政策学)に約1年半ぶりとなるインタビューを行なった。コロナ禍で大きく変わったIRの動向と今後の展望について、ざっくばらんに話を聞いた。(以下、敬称略 インタビュアー KADOKAWA 玉置泰紀)
 

「あつものに懲りて、なますを吹く」でよいのか?


玉置:昨年以来、ご無沙汰しております。まず一般社団法人 日本観光・IR事業研究機構(JIRC)の理事会議長に就任されましたが、JIRCの業界内でのポジションについて教えてください。

佐々木:IRに対して、客観的な立場でモノ言えるのは大きいと思います。一社や個人だと難しい情報発信も、団体として提言することで、さまざまなメリットが出ます。いろいろな企業や団体が同じ立場で意見を言い合える場というのは重要。一部の会社やメンバーの利益だけではなく、全体最適を目指す場所になると思います。

玉置:昨年の取材はIRの汚職事件が発覚したばかりでしたが、今回はコロナ禍を経てオペレーターの業績が悪化しており、IR延期や見直しの機運もあります。

佐々木:失敗に懲りて、必要以上に警戒してしまうたとえとして「あつものに懲りて、なますを吹く」という言葉がありますが、今回はまさにこれではないかと。新型コロナウイルスで今までのやり方が大きく変わるのも確かですが、今までやってきたことを全部捨ててしまうのはいかがなものかと思います。

バブル期やリーマンショックで、多くの人は投資や金融商品に対してネガティブなイメージを持つようになり、結局儲けたのはハゲタカと呼ばれるファンドでした。今回のコロナ禍や汚職事件などでIRのすべてを否定するのは、もったいない気がします。

確かに「観光産業は終わった」「IRは始まる前から失敗」といった論調もありますが、ワクチンの接種が増えれば、フェーズは一気に変わるはず。ワクチンの行き渡っていない状態ですべてを判断するのはよくないと思います。

玉置:実際、ワクチンが普及したラスベガスは、コロナ前に比べても、おつりが来るくらい劇的な復活を遂げています。調査を見ても、観光で利用する予定だった未使用の予算は巨額だし、旅行の意欲も強いですよね。

佐々木:コロナで旅行の価値が見直されたという点も大きいです。結局、実際に現地に行って体験したことから生まれる一次情報と、ネットにのっている二次情報で、すごく落差があることがわかりました。もちろん、ITでその差を埋めようという努力がありますが、やっぱり難しいですよね。

観光業界も厳しいですが、今はとにかく生き残ること。そして、コロナが明けたときに、どのように復活するか、なにが必要かを考えて、準備しておくことだと思います。観光業界はビジネスとしてのあり方を考え直すべきだし、IRはそこにショックを与える存在にもなると思います。
 

細部を詰めすぎる規則は「角を矯めて牛を殺す」


玉置:先日、サンシティが和歌山から降り、ギャラクシーも横浜IRへの参加見送りを発表しました。国の選定プロセスについてはどうお考えですか?

佐々木:コロナウイルスの影響でオペレーターが財務的に難しい状況にあるのは事実なので、個人的には申請期間を後ろに延ばした方がよいと思います。1年伸びたら状況が全然変わっていると思うので、万全の状態できちんと競走してもらった方がいいですよね。

玉置:4月に発表されたカジノ規制についてはいかがでしょうか? 細かすぎて、規則というより、マニュアルだなというのが個人的な印象なのですが。

佐々木:悪くいえば「細かすぎ」と言えます。ただ、IRの運営主体は民間の事業者なので、マイクロマネジメントになっても困ります。解釈や裁量には幅を持たせてほしいなとは思います。以前、別のメディアにも話しましたが、細部を詰めすぎると、「角を矯めて牛を殺す」ことになりかねません。

確かに細かすぎですが、「親切」とも言えます。そもそも日本はカジノがなかったわけで、なにがカジノなのかはわからない人も多い。今回はそれらを定義付けようということで、ああいった細かい内容になったと思いますよ。

玉置:30回以上の審議を経て、215条という膨大な内容が決まったということですが、このまま運用されることになるのでしょうか?

佐々木:法律ではなく、あくまで規則なので、弾力的な運用も可能なはずです。様子を見ながら規則を変えていく方がよいと思います。
 

ラスベガスはしぶとい街 IRはさらなる多角化が進んでいく


玉置:JaIRでは毎週、海外の動向も追っていたのですが、結局ラスベガスやマカオは「安心・安全」を追求した結果、クラスターも発生しなかったんです。オペレーターも矢継ぎ早に対策を打ち、オンライン時代への対応も進めました。こういった経験も、今後IR運営のノウハウになりそうですね。

佐々木:たとえば、2008年のリーマンショックのときには、ラスベガスで初めて今あるようなクラブが導入されました。今回の危機でも、オンラインカジノやスポーツベッティングといった新しい取り組みが始まりましたよね。結局、ラスベガスって危機のたびに進化を遂げているんです。しぶとい街ですからね(笑)。

昨年は会合もなくなったので、いろいろな書籍や論文をあさったのですが、経営理論に当てはめてみると、結局IRってカジノの多角化なんです。一言で多角化といっても、水平型、垂直型、技術集中型などいろいろあるのですが、IRの進化ってまさにこの形に当てはまるし、シナジー効果の生まれやすい形です。今までIRって観光の枠内だけで考えていたのですが、経営戦略とからめてIRを考えてみると、先が見えてくるはずです。

玉置:オンライン化というのは1つの方向性ですね。

佐々木:コロナウイルスの影響で、出張も会議、イベントが大きく変わります。時間とコストをかけずに、わざわざ現地に行かなくても済むということがわかってしまった以上、会議やイベントはオンラインで問題ないと判断する企業も増えています。

だから、今までと全く同じMICE施設が果たして必要なのかは議論が必要です。形とやり方が変容することは確かなので、オンラインとリアルの融合をいかに考えるかが大きいと思います。

玉置:リアルイベントがなくなり、MICEも必要なくなるのではという声もあります。

佐々木:リアルがなくなるとは思いにくいです。昨年は学会がことごとくオンライン化されたのですが、その結果イノベーションに関わる突発的な出会いが全くなくなりました。学会では普段まったく会わない人、コンタクトをとらない人と会うことで、学者にとってとても重要なコネが生まれ、そこから新たな知見を受けたり、共同研究につながるのですが、それがなくなりました。改めてリアルとオンラインの落差と痛感しました。

玉置:まさにオンラインとリアルのよさをどのように組み合わせるかですね。

佐々木:コロナで足踏みした分、IRを急いて作る必要はなくなりました。最後発であるがゆえ、日本は新しいIRを作れる可能性があります。国もこうした動向に柔軟に対応してもらいたいと思います。