主役はあくまで北海道 道内観光の起点を目指す苫小牧のIR戦略

大谷イビサ(JaIR編集部) 写真●曽根田元

 「HOKKAIDO WHITE_IR」というコンセプトを掲げ、IR誘致活動を展開しているのが北海道の苫小牧だ。「自然との共生」「北海道全体を盛り上げるゲートウェイ機能」、そして「周辺住民への恩恵」を謳う苫小牧統合型リゾート推進協議会に話を聞いた。


苫小牧商工会議所 名誉会頭 藤田博章氏
 

魅力は空港や港からの近さ、低廉な投資金額


 昨年のIR整備法の成立、4月の基本方針の策定・公表などを経て、実施区域認定の誘致活動が本格化している国内の統合型リゾート(IR)。大阪府、和歌山県、長崎県とともにIR実施に前向きなのが、北海道の苫小牧である。現状、地元の苫小牧商工会議所を中心とした「苫小牧統合型リゾート推進協議会」が積極的なIR誘致活動を進めている。

 北海道では苫小牧市のほかに、釧路市や留寿都村などがIR誘致に取り組んでいる。このうち苫小牧が優位とされるのは、空からも海からも近いという立地だ。苫小牧市は道内のハブ空港である新千歳空港を有しており、予定地からはたったの2km。海外からの送客を考えれば、車で10分というメリットは計り知れない。また、「国際拠点港湾」として指定されている苫小牧港は、国内の貨物取扱量が国内一で、フェリーターミナルも整備されている。北海道観光の中心地である札幌からも近い。

 こうした立地に加え、IRオペレーターとしてのメリットは投資金額が圧倒的に安いということだ。苫小牧商工会議所 名誉会頭の藤田博章氏は、「IRオペレーターによると東京や横浜と土地の値段が2桁違うので、投資額に大きな差が出ます。大阪だと1兆円規模ですが、北海道だと2500~3000億円なので、投資リスクはあきらかに低い」と語る。実際、北海道に熱い視線を送るIRオペレーターも多い。RFI(投資意向調査)だけでもハードロック、クレアベスト、ラッシュストリート、シーザーズなど15ものIRオペレーターが手を上げている。
 

北海道の豊かな自然と共生するIR


 もう1つのメリットは手つかずの大自然だ。苫小牧市には溶岩ドームを持つ三重式火山の「樽前山」や全国屈指の渡り鳥の中継地「ウトナイ湖」のほか、「樽前ガロー」や「七条大滝」などさまざまな自然景観が残っている。一方で、ゴルフ場やスキー場も30箇所以上あり、サイクリングロードも整備されている。東岸付近ではクルーザーやマリンスポーツもでき、厚真近辺はサーフィンのメッカでもある。藤田氏は、「工業の街として発展してきた苫小牧は観光産業が弱いので、雄大な自然が残っています」と語る。予定地は雑木林なので、ゼロから世界観を構築したいIRオペレーターによっては魅力的と感じられるはずだ。

 苫小牧統合型リゾート推進協議会は差別化ポイントとして「自然共生型」を謳う。そして、自然が生み出す文化、食べ物も大きな魅力だ。藤田氏は、「空気も食事もおいしいし、自然は豊か。こんなに素晴らしいところはない。カジノだけではなく、ショッピングセンターやアミューズメントパーク、劇場、美術館、さまざまなエンタテインメント施設を用意し、週末には家族で一泊して楽しんでもらいたい」とアピールする。そんな苫小牧のIRが提供する価値を「人間が人間らしく活きるためのエネルギーを手にする場所」を謳う。

 一方、ギャンブル依存症対策や反社会的勢力への対応などいわゆる負の影響に関してはは、国や自治体、IR事業者と歩調をとって万全の対策を進めていくという。特に苫小牧市は「ギャンブル等依存症対策基本法」に基づき、ギャンブルに関係して起こる害を予防し、最小限に抑える「Responsible Gaming(責任あるゲーミング)」の考え方に基づいた対策を行なっていくと表明している。
 

苫小牧のIRは道内観光のゲートウェイ


 なぜ苫小牧にIRが必要なのか? 王子製紙の企業城下町としてスタートし、工業都市として成長してきた苫小牧市だが、他の地方自治体と同じく、人口減少、少子化、高齢化という問題にさらされている。また、既存産業が停滞しているため、「地元では仕事がない」という事態が慢性化し、若年層が転出している。さらに住民が減り、企業が撤退すると、自治体の税収も落ち込むため、市民サービスが低下し、老朽化するインフラの更新も難しくなる。これらの複合要因で隣財破綻した夕張市の例があるため、これらは北海道の自治体で共通した課題感と言える。

 藤田氏は、「苫小牧のみならず、北海道は雇用が少ない。就職先がないので、若者はみんな東京に行ってしまう。いったん行くと帰ってこないから、残された親御さんは寂しい思いをしてる。この雇用の受け皿となるのはIR。周辺のエンタテインメント施設もあわせて、新しい雇用が生まれてくるはず」と期待を語る。

 これに加えて北海道にIRを誘致すると、インバウンドの観光客が増え、観光消費が拡大することが期待できる。また、道央圏に集中している観光需要を各地に拡大するとともに、MICE施設やエンタテインメント施設を設置することで、季節変動の平準化することも可能になる。「商工会議所も今までは製造業を誘致するのに必死でした。でも、これから製造業に期待するのは難しいし、実際に苫小牧から撤退するところも出てきています。だから今後は観光業にシフトしていく必要があるんです」と藤田氏は語る。

 もともと北海道は観光産業のポテンシャルが高く、述べ宿泊者数は3448万人と大阪府を抜いて第2位。外国人観光客も692万人と大阪に次いで第3位、訪日外国人の消費単価は第1位で、観光地としてきわめて人気が高い(2016年 観光庁調べ)。IRの売上の8割以上をたたき出している中国人の観光客が増加し続けているのも北海道の強みとなる。

 北海道経済部環境局の「IRに関する基本的な考え方(たたき台)」による需要予測では、訪問客は年最大860万人、IR全体で年間1560億円の売上高を見込んでいる。税収効果は234億円、経済波及効果は年最大2000億円、就業誘発人数は2万1000人という試算だ。前提条件に不確定要素が多いものの、道内の経済に大きなインパクトを与えられるわけだ。

 これに対して、苫小牧統合型リゾート推進協議会が作っている「HOKKAIDO WHITE_IR」も主役はあくまで北海道。「北海道のファンを作る」「IRから北海道全体に誘客する」「北海道の未来を創る」というHokkaido Living Gatewayという大義を掲げ、「苫小牧」という言葉は出てこない。
 

ビジョンはあるが、スタートラインに立てていない


 実現性の高いビジョンを打ち出している苫小牧だが、最大の課題は北海道がIR実施を正式に表明していないという点。民間レベルでは4年前からスタートしたIRのプロジェクトだが、北海道がIRの実施が決めていないため、苫小牧市も予算が付けられないのが現状だ。

 とはいえ、先日の地方選で高橋はるみ氏の後釜として当選した元夕張市長の鈴木直道知事は、IRに対して前向きとも言われる。IRに向けた民意の醸成とともに、行政と民間での二人三脚の体制が作れるかが、北海道のIRを実施に導く鍵と言える。藤田氏は、「行政が本腰を入れてもらうための準備はわれわれが仕掛けてきたつもり。なんとか年内には実施を打ち出してほしい」と語る。

 IRを起点に北海道全体の誘客を狙う苫小牧。藤田氏は、「苫小牧だけではなく、北海道全体がよくならなければダメです。空港で降りて、まずは苫小牧のIRに来てもらって、さまざまな観光地をぐるっと回ってもらう。最後はナイトタイムエコノミーが発展している札幌で楽しんで、空港からお帰りいただく。そういうIRを作っていきたいと考えています」と語る。

HOKKAIDO WHITE IR 苫小牧統合型リゾート推進協議会
https://www.youtube.com/watch?v=7wE40_4UIS0(YouTube)