日本の観光のショーケースとなる大阪にはIRが絶対に必要

大谷イビサ(JaIR編集部)

観光庁長官として過去最高の訪日外国人を呼び込んだキーマンでもあり、今は大阪観光局の局長として関西を盛り上げる溝畑宏氏。次の夢は2025年に開催が決まった大阪万博と統合型リゾート(IR)の実現だ。溝畑氏に大阪での統合型リゾート計画について聞いた。(インタビュアー:KADOKAWA 玉置泰紀 以下、敬称略)

大阪観光局 局長 溝畑宏氏

大阪は日本の観光のショーケースになるべき

玉置:大阪はIR施設の完成時期を2024年にする予定で準備を進めていますが、まず全体のスケジュール感について教えてください。

溝畑:まず大前提としては、国の方針にはきっちり従っていきます。今年7月の国交相の基本方針発表後、各自治体は公募内容を決めてプロポーザルを開始し、事業者を決定してチームを決めます。その上で、手を挙げた自治体の中から政府は三箇所を選ぶという流れです。私が座長を務めるIR推進会議も、国の基本方針を見据えた大阪のIR戦略を掘り下げて議論しています。

その上で大阪がIRを急いでいる理由は、2025年に大阪・関西万博があるからです。国内外から3000万人規模の観光客を受け入れ、大阪の魅力を発信していくためには、国際観光やMICEの推進、地域経済の振興を掲げるIR施設は重要です。万博の前にIR施設をオープンさせるのは、関西の都市計画、観光、文化などの政策を進めていく上にも必要となります。

玉置:万博とIR施設の相乗効果は計り知れないですね。

溝畑:海外の観光客には大阪・関西万博に行って、IR施設で楽しんでもらい、できれば関西や瀬戸内エリアまで足を伸ばしてもらいたい。その意味では大阪は日本の観光のショーケースになるべきなんです。

日本は2020年にオリンピックが終わったあとも、切れ目ない経済成長が必要です。しかし、今の日本の観光コンテンツでは、まだまだ物足りません。4000万人、6000万人を目指すのであれば、日本に欠けていたクオリティの高い観光施設が必要になります。

日本は観光先進国としてのチャレンジをしてこなかった

玉置:統合型リゾートは、集客だけではなく、単価増にも大きく寄与しそうです。

溝畑:観光客一人あたりの単価は、長らく15万円前後をウロウロしているんです。でも、国は2020年までに4000万人を実現して、8兆円の収入増を目指しています。つまり、一人あたり20万円にまで引き上げないといけません。2030年は6000万人目標で15兆円ですから、一人あたりは25万円以上。一人あたりの単価増が鍵なんです。

大阪観光局でも、数だけではなく、質を高めることで、滞在日数を伸ばしたり、他の地方に波及させることが重要だと考えています。今までは、グルメとショッピングがメインで、ミドル層がターゲットでしたが、この観光戦略は変えなければいけない時期になっています。マーケティングをきちんと進め、お客様のニーズにあった観光コンテンツを洗い出し、海外の事業者の力も借りて、質の高いサービスや長期滞在が可能なIR施設を作れば、国際観光のハブとなる起爆剤になるはずです。

玉置:とはいえ、日本には富裕層ビジネスが育っていませんよね。

溝畑:はい。ムラ社会のいいとことでもあり、悪いところでもあるけど、やはり平等主義がはびこっているんです。そもそも遊んでいる人がいないから、ナイトタイムエコノミーも育っていません。

玉置:統合型リゾートのようなビジネスを成功させるにはどうしたらよいでしょうか?

溝畑:僕が期待しているのは、世界の富裕層を相手にしている事業者ときちんと向き合うことです。僕らも質を上げないといけないし、人材の育成が必要になります。

海外では、さまざまな業界のプロフェッショナル人材が観光業界に揃っているのですが、日本には人材がまだまだ足りない。IR施設ができ、この業界に1億円プレイヤーが出てこないと、海外からの投資は受けられません。サッカー選手がなぜ海外チームに行くのか? 海外では年俸50億円を目指せますが、日本のJリーグは1億円くらいですよね。

玉置:やっぱり、海外チームに行きますよね。

溝畑:日本が観光先進国になるには、付加価値や収益性、生産性を高めていくチャレンジをしていかなければなりません。シンガポールやマカオ、ラスベガス、シドニーなどさまざまな国でIRビジネスが根付いているのは、こうしたチャレンジをやってきたからですよね。主要国で日本だけが、このチャレンジをしてこなかったんです。世界の一流を真似して、学習して、そのポジションをとっていかなければなりません。

IRを推進するという意思決定をしている点が大きい

玉置:なぜ大阪にIRを誘致するのか、改めて教えてください。

溝畑:2020年の東京オリンピックのメリットでもあり、弊害でもあるのですが、やはり東京への一極集中が課題です。大阪にあった本社はどんどん東京に移り、学生もルックイースト状態。オリンピックが終わると、この状況が加速してしまう可能性があります。

大阪はGDPも成長しておらず、正直経済的に低迷しています。関西の中心である大阪が低迷したら、関西自体が沈んでしまいますよね。2020年の先を見据えたわれわれのミッションは、東京一極集中の弊害をなくし、健全な二極を作っておこうというものです。

玉置:なるほど。より高い視座で日本経済を考えているわけですね。

溝畑:はい。このミッションを2020年以降も切れ目なく続けて行くには、大阪は観光先進国としてのトップランナーとして、牽引役として、チャレンジとイノベーションを進めなければなりません。その点、大阪では松井知事、吉村市長、橋下前市長、そして経済界まで含め同じ危機感を持ち、チャレンジ精神で今後のさまざまなステージを作っています。 2019年にはG20やワールドカップラグビーがあり、2021年に関西ワールド、2024年には梅北の第一期開発、そして2025年に大阪万博があります。そして、2025年以降の流れを加速させるためにも、われわれはIRを絶対やらなければならない。だから、IR推進法ができるはるか以前の2009年からさまざまな準備をしています。

玉置:IRを絶対やらなければならないというのは強いメッセージです。

溝畑:IRはカジノを含んでいますが、これを懸念して萎縮するよりは、IRのメリットを最大化するために、ハングリー精神をもってチャレンジしなければなりません。重点プロジェクトとしてIRをきちんとやるという意思決定をしていることが大阪の強みです。

玉置:改めて、大阪の強みを教えてください。

溝畑:なんといっても関西や西日本のハブであることです。半径一時間以内に関西エリアを網羅しており、3つの空港もコンパクトにまとまっています。日本の国宝・指定文化財の6割がこのエリアに集積しており、歴史や文化の面で大きな魅力を持っています。

その中で、大阪の強みは包容力、多様性、情熱、おもてなしの精神がしっかり根付いているところでしょう。その証左として、2014年に260万人だった大阪への旅行者が2017年に1111万人にまで膨らんでいます。3年間で約4.2倍になったんです。ちなみに東京は2.7倍だし、日本全体では2.8倍くらいです。しかも、大阪では消費額も約1兆円増えました。これはあきらかに国際観光における大阪の持ってるポテンシャルの高さですよ。IRで必要になる国際観光の素地があるんです。

官民一体での受け入れ体制ができており、陸海空の交通体系も着々と整備されます。ソフトとハードだけじゃなく、10年間培ってきたハングリー精神、想い、決意、覚悟、ポテンシャル。どれをとっても、他の地域には負けないです。

ギャンブル依存症の議論も正々堂々、オープンにやるべき

玉置:IRを推進するにあたっては、カジノに対するネガティブイメージを払拭する必要があります。

溝畑:カジノに関してはっきりしているのは、正しい情報が行き渡っていないことです。競馬、競輪、競艇などの公営ギャンブルのメカニズムや、カジノ自体が世界140ヶ国で合法的に行なわれていることを知らない人も多いです。

IRはカジノがメインと思っている人もいっぱいいますが、実際はシンガポールと同じく、日本のIRでもカジノエリアは全体の3%という規制が入ります。入場も規制されるし、入場料もとられますし、回数まで制限されています。先進国と比べても、最高レベルの厳しさです。

玉置:多くの人がギャンブル依存症について懸念しています。これについては大阪はどのように進めますか?

溝畑:ギャンブル依存症はカジノだけの問題ではありません。シンガポールはIRができて、依存症対策をしっかりやったことで、依存症は逆に減ったんです。そこは私たちも研究していて、今までバラバラだった予防、応急、回復まで一気通貫で提供できるようにし、トラブルになったときの弁護士や税理士まで、オール大阪でやっていこうとしています。今までは組織も縦割りで、目標もなく、正しい啓発もやってこなかったのですが、ギャンブル依存症の分野でも、われわれはトップランナーとして対策を進めていきます。

玉置:大阪はIRも含めて、情報公開も徹底していますよね。

溝畑:僕たちはIRをやるということで意思決定をし、反対の人たちにも胸を開いて、議論を重ねてきました。今年だけでも10回くらいセミナーを持っています。議事内容はもちろん、耳に痛いような質疑も全部公開しています。

物事を進めようと思ったら、メリットとデメリットは必ずあるんですよ。これをきちんと棚卸して、理解を深めてもらった上で議論を進めればいいのに、議論せずに様子見しているのはよくないと思います。もっとオープンに、正々堂々と議論を進めるべきです。

エンタテインメントのシリコンバレーを作る気持ち

玉置:最後に日本型IRのイメージについて教えてください。世界のIRとは異なるコンテンツが必要になるようですが。

溝畑:まずは日本の独自性って、そもそもなにかを考えなければなりません。文楽のような伝統的なものかもしれないし、新たにクリエイトするものかもしれない。もう1つはショーケースとして、大阪をイノベーティブなエンタテインメントがチャレンジできる場所にしてくことです。来てくれた人たちが「おもろいなー」「ついつい感動してまうな」「今月はなにがテーマなんだろう」と楽しみにしてくれるものがいいですね。

玉置:IRでは人を惹きつけるコンテンツを連続的に提供する必要がありますよね。

溝畑:本来、関西人って他人のやらないことを仕掛けたりするの得意だったはずなんですよ。でも今は、それが全然発揮できていません。

世界的に見ても、面白い、ワクワク感があるものを作るためには、今はこうあるべきという規定概念はいらないと思います。「エンタテインメントのシリコンバレー」を作る気持ちで、いろいろな人がワイワイガヤガヤできる環境を用意できたら、それが大阪っぽいんとちゃいますかね。