長崎県のIRは地元の合意形成とオール九州の連携に強み

大谷イビサ(JaIR編集部)

 大阪府・市や和歌山県とともに、以前からIRを積極的に推進している長崎県。地方型IRの本命だった北海道が区域認定の誘致競争から降りた今、九州全体の代表として誘致活動を展開する長崎県のIRは注目度も高まっている。長崎県が考えるIRのコンセプトや他の地域との差別化のポイントなどを長崎県IR推進担当の國廣 正彦氏に話を聞く。

 

人口減少や高齢化、雇用の減少などの課題、伸び悩む観光客誘致

 長崎県のIR誘致の動きは古く、民間団体である「西九州統合型リゾート研究会」が発足した2007年にまでさかのぼる。2007年と言えば、IRの代名詞とも言えるマリーナ・ベイサンズがまだオープンしておらず、IRという概念自体も知られていなかった時期だ。その後、佐世保市を中心としたIR誘致の動きが長崎県にも波及し、2014年には県知事がIR誘致を表明。同年、「長崎県・佐世保市IR推進協議会」が発足し、5年以上に渡ってIR誘致の地ならしをしてきた。現在は、全九州を巻き込んだ「九州・長崎IR」という基本構想(案)のもと、IRの誘致を強力に推進している。

 長崎県IR推進担当の國廣 正彦氏は、「2030年に6000万人の訪日観光客を目指すという政府の目標を実現するためには、大都市中心のゴールデンルート以外のルートを開発することが重要になります。また、IRが成功して、他の地域にも追加で認可される場合は、やはり地方都市での成功例が必要です。その意味でも、地方の長崎県にIRを作る意義は大きいと思います」とIR誘致の意義を語る。

 では、なぜIRなのか? 他の地方自治体と同じく、長崎県も人口減少や高齢化、雇用の減少、財政問題などさまざまな課題に悩まされている。特に島嶼部を抱える長崎県は状況がさらに深刻で、減少スピードも全国・九州平均を上回っているという。人口が減少し、産業財政面で落ち込むと、生活を支えるインフラの維持が難しくなる。また、九州全体で見ると、県民所得が全国平均より低く、生産性の高い産業育成も大きな課題となっている。

 海外からの観光客誘致という観点でいうと、年間300万人の集客となるテーマパーク「ハウステンボス」や世界文化遺産に登録された「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」、「島原半島ジオパーク」などがあるものの、クルーズ客が減少に転じるなど、近年は伸び率が低迷。大阪や北海道に比べて、観光施策はてこ入れが必要な状況だという。
 

ハウステンボスに隣接したIRにアジアの観光客を誘致

 こうした課題の解決に寄与すると期待されるのがIRだ。IRは地元に良質な雇用を生み出すほか、事業者の収益で自治体の財政を潤すことが期待できる。また、IRに対して九州の地産品を安定的に供給したり、地元九州での送客などを実現することで、地元の経済にもポジティブな影響が得られると見込んでいる。

 長崎IRのメリットは立地だ。「日本列島の西側に位置する長崎県は、地理的にアジアに近く、空路3時間圏内に10億人の人口を抱えています。これらの潜在顧客に向けてのアクセスも優れており、最寄りの長崎空港はもちろん、福岡、佐賀、熊本、北九州など近隣に国際空港がそろっています」(國廣氏)。

 また、佐世保は日本を代表する軍港でもあり、クルーズ船の来航数も日本で8番目だ。現在、ハウステンボス近くの浦頭に民間事業者がクルーズ船の寄港地を整備しており、中国や韓国からの船の寄港も大いに期待できるという。さらに佐世保市での地震の発生確率がきわめて低いという点も、災害大国日本としては特筆すべき点と言えるだろう。

 建設予定地となっているのは、地方型では最大規模のテーマパーク「ハウステンボス」に隣接した約31haの敷地。もともとはハウステンボス所有の土地だったが、区域認定後に佐世保市を経由し、事業者に205億円で譲渡される条件付契約を結んでいる。「長崎のIRと言うとハウステンボスとセットで語られることが多いですが、テーマパークの運営会社はIR事業に資金参入するつもりがないことを表明しています」(國廣氏)とのこと。もちろん、既開発地でありインフラ等も整っていることから、認可され次第、すぐに建設にかかれるのが大きなメリットだ。

 現状、ボトルネックとも言える長崎空港から予定地へのアクセスだが、誘致した暁には高速船を導入することで短縮できる見込みだ。「通常の船だと50分かかるのですが、30分に短縮できます。移動の時間で非日常性を演出したり、臨場感を高める手段として使ってもよいと思います」と國廣氏は語る。もちろんIR発の周遊観光や福岡からのアクセス強化など交通の改善も図っていきたいという。
 

議会の賛成も9割超 九州の代表として誘致に立候補

 地元の合意形成が進んでいるという点も、他の地域に比べて大きなアドバンテージだ。もともとIRに関しては、佐世保市の民間団体が十年以上に渡って誘致活動を繰り広げてきた。この佐世保市を支援するIRの誘致活動を展開しており、今では県議会、市議会ともに9割がIRに賛成しているという。「2007年からIR誘致の活動をしてきたので、政治的な対立も少ないし、なにより県議員・市議員が地元に入って、長い時間をかけて合意形成をしてきたのは大きいと思います」(國廣氏)。

 最新の地元紙の調査では、反対派は4割弱。これに対しては、市民説明会もかなりの回数こなしており、反対の人にも丁寧に説明を繰り返しているという。「もちろん、反対の方もいますが、怒号が飛ぶようなことはほとんどありません。IRができることの懸念に対して、雇用や調達などのメリットをきちんと説明すると、納得してくれています」(國廣氏)とのことだ。特に長崎県は依存症や社会的弱者をワンストップで支援するセンターを長崎市と佐世保市に設置しており、すでに実績を積んでいるという点も注目に値する。

 また、九州の代表候補として、他県と連携する点も大きい。國廣氏は、「他のIRはあくまで自治体や府・市といった単位で誘致活動をしていますが、長崎県の場合は九州の代表としてIRに立候補しています。九州全体でプロジェクトを持っているので、IRのメリットを広域に拡げることが可能です」と語る。IR誘致の意向があると言われる北九州市に関しては、「市議会議員なども入っていますが、あくまで民間の一部の動きだと考えています」(國廣氏)という見方だ。

 実際、九州地方知事会では長崎のIRを支援する決議を2019年6月に出したほか、県議会議長会や商工会議所、地元の経済界なども長崎IRを応援しているという。また、九州・山口各県知事と経済団体トップによる九州地域戦略会議では県をまたいで送客や調達を検討するプロジェクトチームも立ち上がっている。「1日2万個単位で卵が必要になるといった場合、長崎だけで調達を担うのは無理です。そこでオール九州で調達できる仕組みを議論しています」と國廣氏は語る。
 

大都市型IRとは異なる価値を提供していきたい

 進捗としては、大阪府・市や横浜市と同じくRFC(Request of Concept)の募集を1月10日まで行っているところ。「手続きという面では先頭集団に送れずに追従している状況」(國廣氏)で、2021年1~7月に予定されている区域整備計画の認定申請というスケジュールにも十分対応できる。12月20日には「九州・長崎IR基本構想(案)」等に対するパブリックコメントも開始した。

 唯一足りないのは、観光地としての知名度とブランディング。横浜や北海道に比べると、どうしても知名度が劣ってしまう。このあたりは自然環境や歴史の豊かさ、食文化など観光資源をきちんとアピールしていくという。「長崎県は有人離島がもっとも多いので、長期滞在やウェルネスなど、大都市型IRとは違う価値を提供していきたいです」と國廣氏は語る。

 最後、國廣氏に長崎IRのイメージについて聞くと、「政府はわりとスケールを求めてますが、一人の長崎県民としては地元に愛され、かつ長く続くことが重要だと思っています。打ち上げ花火のように一時的な効果をもたらすのではなく、事業者と県民に息長く潤いをもたらすIRになるといいなと思います」という答えが返ってきた。

■関連サイト
長崎県IR関連ページ
https://www.pref.nagasaki.jp/bunrui/kanko-kyoiku-bunka/kanko-bussan/ir-tougougatarizo-to/