横浜の参入で空気が変わった IR誘致競争の引き金になる

大谷イビサ(JaIR編集部) 写真●曽根田元

 世間を驚かせた横浜市のIR誘致発表。大阪や和歌山、長崎など関西がリードするIR誘致競争に大きな影響を与えそうだ。今回の横浜市のIR誘致参入について、観光振興の観点からIRを長らく研究してきた東洋大学 国際観光学部の佐々木一彰教授に話を聞いた。(インタビュアー JaIR編集部 大谷イビサ)

東洋大学 国際観光学部 国際観光学科 佐々木一彰教授


横浜はブランドを再構築する必要がある

大谷:いよいよ横浜市からIR誘致活動の開始が発表されました。先だって、佐々木さんは横浜市議会でIRに関して講演してきたと聞いています。

佐々木:はい。長年、IRの研究を行ってきておりましたので横浜市からお声がかかり、横浜市議会で話してきました。IRにニュートラルな立場で話してきてほしいということだったので、国際観光振興の観点で話してきました。

大谷:具体的には、どのようなことをお話ししたのでしょうか?

佐々木:通称IR実施法がなぜ今出てきたのか? 前回の東京オリンピックの1年前にできた観光基本法から、今の観光立国推進基本法までの歴史を振り返り、IRに至るまでの経緯を読み解いていきました。確かにいきなりカジノ法が出てきたら、みなさんも違和感あると思うので、経過をつまびらかにすることで、国がなにを望んでいるのかを理解してもらうことにしました。また、観光振興を行なうためにカジノの免許を与えようというカジノ法についても説明しました。反対派、賛成派の方々もいましたが、事実をベースに研究者として説明できたと思います。

大谷:観光振興という観点で、横浜の現状についてはどうお考えですか?

佐々木:正直、横浜のブランド価値って落ちています。昔は横浜にしかないものがいっぱいありましたが、今はあらゆるものが東京にシフトしていますよね。ですから、横浜のブランド再構築が必要です。

日本は人口が減っていくので、外から来てもらった人に消費してもらい、その金額を挙げる必要があります。でも、外国人観光客は増えていますが、一人あたりの消費単価って微減しています。なので、輸出と同じく、その単価を上げていかなければなりません。そのための1つのツールとしてIRがあるという話をしてきました。

国際会議やイベントを誘致するためのMICE施設も、通常のインバウンド客の倍くらいの消費単価があります。でも、自治体も財政状態がよくないので、MICE施設を建設するための公的資金を投入できませんし、民間企業でもペイしない話です。これを作れるようにするためにIR実施法があります。
 

IR誘致競争の引き金を引いた横浜の参入発表


大谷:先日の林市長の会見をごらんになって、率直にどうお感じになりました?

佐々木:ポイントを押さえているなと思いました。観光都市としての横浜のポジションや財政状態についても把握してした。法人税の話もしていましたが、確かに横浜市に本社を置く上場企業は多くないので、横浜市は所得税頼りです。リタイアする世代が増えると、財政的にはますます厳しくなるので、なにかやらなければいけないわけです。そのためにIRが必要というのは、ロジックとして立っていたと思います。

大谷:私は市民説明会でもほぼ同じ話を聞いたのですが、市民のメリットよりも、自治体の論理が前に出すぎていて、やや説得力を欠いた印象を持ちました。

佐々木:そうですね。実際に一般市民が市政に関心を持っているのは、「医療」「介護」「福祉」「教育」なので、そこらへんにどのように波及するか、よりブレイクダウンして説明する必要があると思いますね。

大谷:横浜のIR参入はどのようなインパクトがあるのでしょうか?

佐々木:横浜の参入で空気が変わりました。「IRやっていいんだ」というコンセンサスが拡がったという意味で、IR誘致競争のトリガーになってます。

今までIRに熱心だったのは、大阪、和歌山、長崎など西日本がメインでしたが、いよいよ誘致の動きが関東圏に飛び火していきます。千葉県もIR事業者からの情報収集を発表しましたし、「検討中」の東京も動くかもしれません。名古屋も刺激されているようです。

大谷:区域整備計画の建て付けとしては、日本全国で3カ所というルールだけで、どこの地域で1つという判断はしないそうなので、これからはまさに実施方針と区域整備計画が重要になってくるわけですよね。

佐々木:はい。国にとって、地域にとって、どこが一番いい計画かの競争になりますね。大阪にフォーカスしていたサンズ(ラスベガス・サンズ)が東京・横浜に鞍替えし、メルコ(メルコ・リゾーツ&エンターテインメント)も横浜事務所を開設すると発表しています。今後はIRオペレーターもこうした戦略的な動きが増えてくると思います。

IRオペレーターも言ってみれば普通の企業なので、利益の最大化のために他との差別化を図ります。強みと弱みを考えて、戦略を練ります。その点では、自治体からしてみれば、既存の企業や工場の誘致と変わりません。現時点で、IRの調査に予算までとっている自治体はある程度限られてきますし、地域ごとのリスクヘッジはやはりやってきますよね。
 

横浜市民からIR誘致のコンセンサスはとれるのか?


大谷:市民説明会や会見を見る限り、横浜は市民の理解をえるのが難しそうな印象があります。林市長は各区に丁寧に説明すると言っていますが、市民のコンセンサスはとれるのでしょうか?

佐々木:正直、カジノに関する誤解も大きいと思います。50年前のカジノの場合、多くの国で反社会的勢力が関わってたと言われていますので、、そのイメージで止まっていたら、確かに怖いとは思います。でも、今は違いますよね。IRに関しては「デメリットはあまりない」というデータがすでに出ていますが、データも浸透していないし、誤解されていることは多いと思います。

たとえばギャンブル中毒や依存症の話はよく出てきます。厚生労働省の推計では、過去1年間にギャンブル中毒・依存症と疑われる人は約70万人で、生涯通して経験があるという人は約320万人という数字です。でも、メディアで取り上げられるのは320万人という数字。大きい数字の方がインパクトも大きいからです。

大谷:確かにメディアは大きい数字を捉えがちです。

佐々木:でも裏を返せば250万人の人は、自然治癒したと考えられます。。残りの70万人に対しても、7割はカ軽易な治療で治ります。収支決算を見せたり、ほかにはまるものを作るとかすると、ほとんどの人は「醒める」んです。そして、残り3割の人たちは治りにくいのですが、むしろほかの精神疾病を併発している場合は多いんです。論文もデータもあるけど、説明されていないんです。こうしたデータを元に、きちんと説明するだけで、ずいぶん誤解は解けていくと思います。

大谷:とはいえ、横浜の説明会のコメントを見ると、そもそもギャンブルで得た収入で財政を潤し、教育や医療に使うのに抵抗感があるといった、モラルや倫理観に関係する意見もあります。

佐々木:そこらへんは価値観の問題としか言い様がないですね。反対の人が一定数残るのは仕方ないと思います。とはいえ、日本には競馬や競輪、競艇、オートレース、宝くじなどの公営ギャンブルもありますし、宝くじは買ったことない人は少ないと思います。これら公営ギャンブルの収益金が学校や体育館の建設、老人ホーム、養護施設、公共事業に使われてきたのは事実ですし、サッカーくじのおかげでオリンピックの選手強化や施設建設が実現しています。

あとは無理を承知で言いますが、ラスベガスやマカオ、シンガポールのIRを実際に見るべきだと思います。設備だけでなく、雇用、調達、運営に至るまで。やはり「百聞は一見にしかず」です。
 
プロフィール

佐々木 一彰
東洋大学 国際観光学部 国際観光学科 教授

経営学を専門とし、カジノ、統合型リゾート、老舗企業などを中心に研究。博士(地域政策学)。現在、Asia Pacific Association for Gambling Studies Academic in Macau Academic Member、日本ホスピタリティ・マネジメント学会理事、IR(Integrated Resort)*ゲーミング学会理事、余暇ツーリズム学会常任理事を務める。著書に、『カジノミクス』(小学館新書)など。