林文子・横浜市長の記者質疑が公表  手厳しい質問への回答から見える決意

JaIR編集委員・玉置泰紀

 8月22日のIR誘致に関する林文子市長の記者会見は大きな反響を呼んだが(なぜIR?横浜市・林文子市長の記者会見資料を読み解く)、横浜市のホームページにテキスト起こしが8月30日にアップされた。私も動画で見ていてメモなども取っていたが、全体像の説明の後の記者との質疑は長時間にわたり、しかも白紙からの誘致への転換について厳しい質問が多く、林市長からの回答もきっぱりとしたもので、実際に目を通していただくのが一番だが、少し読み解いてみたい。



市長定例記者会見
https://www.city.yokohama.lg.jp/mayor/kishakaiken/kaikenyoshi/2019/190822.html  


記者から問われた「白紙撤回」の意味


 記者会見での質問は、なぜ白紙を撤回したのかに集中していて、最初から最後まで繰り返し問われている。その中でも以下の部分は、林市長の思いが強くにじんだ部分だ。
 
記者:前回の市長選では白紙で今回判断しましたが、市民からすると、住民投票を今のところ考えていないということだと、賛否を示す機会が事実上市長選に限られるわけですが、次期市長選を、IRを誘致するという考えを持ってそれを問うということが、説明の一環、市長の説明責任の一環と考えますが、その点はいかがですか。

市長:今は次期の市長選は全く考えていません。8月30日でちょうど10年で3期目の折り返しですが、このことに今注力して方向性も発表させていただき、ご説明しており、選挙戦を考えていることは全くありません。

記者:政策の判断を変えた、白紙から誘致という風に変わったわけですが。

市長:私の理解不足でしょうか。判断を変えたのでしょうか。

記者:新たな判断をされた。

市長:私はどちらにするかを白紙と申し上げていて、それをやる方向で言ったということは判断を変えたことになりますか。

記者:やる方向で新たな判断をしたということかもしれませんが。

市長:さきほどからお話しているのは、皆様からどちらにするのかとご質問をずっといただいてきました。それでIRをやることにしましたと言いました。なぜ意見を変えたと取られてしまうのでしょうか。

記者:やる方向という判断をされて、その判断について市民が賛否を示す機会は事実上市長選しかないわけですが、その市長選で問うというお考えはないのかということを先ほどお聞きしました。市長選はお考えではないということでしたが、市長選で問うということが市長の説明責任の一環とお考えになりませんか。

市長:4期目になるわけですが、それをどうするかということですか。

記者:次の市長選でIRについて市長の判断を問うということが必要だとお考えになりませんか。

市長:今は全然そういうことを考えていません。

 このやりとりでは、記者は直前までの記者会見で白紙を強調していた考えがどこでどう変わったのかを問いただしている。これに対して、林市長は白紙は「やらない」ということではなく、継続的に検討をしてきて、他の都市の動向や政府の動向も踏まえて、判断をしたと繰り返している。以下の部分はかなり具体的だ。
 
記者:そうしたことを求めているのではなく、7月末に決めたとお話しされたので、7月に決めた時に何が市長の背中を押したのか、何が決め手になったのかをお聞きしたい。

市長:それは、私がこの時期だと判断したということです。色々な情報、千葉市が手を挙げているなど色々なIRに関する情報が入ってきます。その中で、管理委員会もできてきて、間違いなく秋までスケジュールが遅れることはないということが分かり、今のタイミングだと言いました。
 
 以下のような言及もあった。
 
記者:これまで会見でそのように言ってきたということは、何が加わったから今決めたという風に説明いただかないと納得感がない。

市長:状況は変化していきます。色々な方の声が私には絶えず入ってきます。私は長い時間の中で色々な角度で考えていて、今、各都市が手を挙げている状況で、この時期に決断しなければ、これからアフリカ開発会議が始まるなど色々なイベントがある中で、もう動かしていかなくてはいけないと(考えて)、私は今だと発言しました。

<中略>

国から(IRの)方針が示され、それを聞いた際に確かにこれは良いと思いましたが、その後に市民の大変なご懸念を聞いたので、悩みました。そして、(カジノ)管理委員会が行われること、政府が方針を変えないこと、スケジュールどおりに行っていくことを聞きました。また、各地で早くから手を挙げている所もありましたが、関東圏ではまだはっきりしていない。これは横浜市としての責任もあると思います。大阪はすでに万博などについて関西経済界もしっかり協力し、IRについても賛成の意向であるということです。関東圏がまだはっきりしていない状況の中で、報道などによると、私はお話していませんが、東京都さんも考えていると分かりました。どうしようかといつまでも職員と話し合っている場合ではないと思い、7月の末に決断しました。その後の夏休み中もしっかり考え抜きましたが、その決断に変わりはありませんでした
 

 別の部分では「やると決めたのであれば、秋の国会で様々なことが出てきますので、その前に手を挙げねばならないということが一番のきっかけです」と答えていて、全体の情勢・動向の中で決断したことが分かる。
 

反対はあれど、あくまで山下ふ頭

 また、地元からの反対という事で、多く報道されている港湾事業者との事については、以下のように答えている。
 
記者:山下ふ頭について、港湾事業者は山下ふ頭への誘致に反対という意見を表明していますが、港湾事業者の賛成を受けてからIRを誘致するという考えはなかったのですか。反対の状況でIRの誘致を表明するという判断に至った経緯についお聞かせください。

市長:山下ふ頭の土地の98%は市(と国)の土地です。あと2%は民間がお持ちです。その上に、港湾の物流の倉庫がありました。ウォーターフロント開発計画の中で、エンターテイメントをやろうということはもともと市の計画にありました。当時IRという話はありませんでした。国からもなかった。なんとかウォーターフロントを素晴らしくしましょうと(いうことでした)。市は港があって、これは大変良いことで、街と港がこのように近いところはなかなかありません。例えばシドニーのように、観光的に色々と自由に使えるようなことも必要だけど、市はそういうわけにはいっていません。水際にレストランがないなど色々なことを言われますが、開発の一つとして進めていて、倉庫事業者に対して従前から代替地をご提供して、再開発したいということにご納得、ご理解いただいて、そうした契約が進んでいる方もいます。その協議は続けています。皆様が移転を決めているわけではありません。IRだったら困るという方もいると思うし、実際に港の方たちは反対しています。しかし、今の総合的なIRの取組、市の取組を丁寧にご説明して、ご理解いただきたいと(思います)。

 山下ふ頭の土地の98%は市(と国)の土地、という事なのだが、ここからの説得は相当厳しいものになるだろう。とはいえ、場所を変えることは一切考えていないということが以下のやり取りで分かる。
 
記者:横浜港運協会が山下ふ頭での再開発に伴い、IRの誘致を反対しています。その中で、仮にIRの施設ができるのであれば、施設の利用の契約期限が終了後もそのまま居続ける、撤退はしない、動かないということを明言しています。そのことについて、IRの候補地を山下ふ頭以外に考えるということや、実現に向けてIR自体をあきらめるようなお考えはありますか。
市長:ありません。これから丁寧にご説明を続けていきたいと思います。
記者:あくまでも候補地は山下ふ頭ということですか。
市長:はい。


横浜にお金が落ちないのは、滞在してまで見たいモノがないから

 ここまでの固い決意だが、その理由は前半のプレゼンでも述べたとおりだ。観光消費額はこの5年間で1.7倍ほどに上がっているのに、横浜市に訪れる観光客は圧倒的に日帰りが多い。観光客の85%が日帰りだという。これに対して、東京都や日本の平均では50%ほどがその土地に宿泊で訪れている。東京都に泊まって横浜に観光するため、観光消費額にも大変な差が出ている。

 また、法人税について、東京都はおそらく8,300億円ほどだが、横浜市は全体で740億円ほど(国税化の影響がない場合)。人口が東京都の1/4ほどで、医療や福祉などにお金がかかっているのに、税収がこのままでは厳しい。また、小学校や中学校などの公共設備が一気に老朽化してきているほか、道路と水道管も次々と寿命がきているので、新しいものに変えなければならない。税収が厳しい中、さらに財政状況が厳しくなるわけだ。

 これらの数字は厳然たるものだ。人口などから見れば横浜市は巨大都市だが、会社の数や法人税、観光客の単価、宿泊数などとの不均衡が大きな課題となっている。東京のみならず、人口からすれば横浜より下の大阪や名古屋と比べても、苦しいところなのだ。林市長はこう語る。
 
市長:市は税収を上げるために何ができていないかというと、観光として魅力的なのに、そこに民間の投資が少ない(ことが挙げられます)。私たちがしっかり取り組めていなかったという反省もあり、そこは一生懸命取り組んでいきます。税収を上げなければ将来がないということは、私にとって大きな懸案です。ナイトタイムエコノミーが弱く、お店が早く閉まる、これは観光客の方にも言われます。横浜市は大勢の方が訪れる国際会議(の開催地として)世界的に評価されていますが、会議が終わった後に楽しむところ、特徴的な楽しみがないじゃないかと(言われます)」。

 そして、これらの状況を踏まえての林市長の結論は、「横浜にお金が落ちない。それは、横浜に滞在してまで見たいものがないためです。横浜に滞在してほしい(と思っていますが)、日帰りが9割近いというのは本当に苦しい(状況)です。これが、私が決断したきっかけでございます」となる。

 長大な質疑の中で、繰り返し、さまざまな疑問がぶつけられているので、そこは詳細を読んでいただきたいが、なぜ、この時期にということと、決断の真意は読み取れる。ここから市民への説明会を順次開いていくということなので、10月の臨時国会動静を見ながら、横浜市の取り組みを注視して行きたい。