「八月南座超歌舞伎」で体感したIRエンタテインメントとしての歌舞伎の魅力

大阪商業大学 大谷信盛 編集●大谷イビサ(JaIR編集部)

 日本型IRで求められる「魅力増進施設」において、特に重要になる継続的な誘客に結びつくコンテンツとはなにか? そのヒントが日本の伝統芸能である歌舞伎とテクノロジーの融合だ。元衆議院議員で、現在は大阪商業大学でIRの研究を続ける大谷信盛氏が、松竹の新作歌舞伎「八月南座超歌舞伎」を、IRのおけるエンタテインメントという観点で感想を寄せてくれた。

ⒸNTT・松竹P/Ⓒ超歌舞伎  


圧倒的な演技力、五感を刺激する仕掛け、観客と舞台との一体感


 京都の南座に初めて入場した。四条通りと鴨川が交差する四條大橋の東詰めに南座がある。通りをそのまま東に歩くと祇園の花見小路が右手にあり、突き当りが八坂神社となる。この日の南座前の往来は、日本人・外国人の観光客で大いにぎわっていた。400年ほど前にこの辺りで「出雲の阿国(いずものおくに)」という女性が「かぶき踊り」を路上で披露したのが今日の歌舞伎の源流だとされている。建物はお城の天守閣を思わせるようなつくりで、白壁に提灯の赤色が際立ち、演劇場の持つ非日常感を高めている。南座は江戸初期から同じ地所で興行を続けている日本最古の演劇場とされている。

 私の南座来場の目的は、統合型リゾート施設(IR)の開発に向けて、歌舞伎の持つエンタテイメント力を再確認することである。特に、若い日本人や外国観光客を楽しませることができるのかという視点を重視している。期待しているのは「超歌舞伎」という新作歌舞伎で、歌舞伎俳優の中村獅童さんらとバーチャルシンガー初音ミクさんとが、実演とスクリーン映像で共演するという伝統芸能と現代テクノロジーを融合した作品だ。

 主たる演目は『今昔饗宴千本桜(はなくらべせんぼんざくら)』といい、『義経千本桜』と初音ミクの持ち歌である「千本桜」を関連づけた演目。2016年初演時よりパワーアップしての上演とか。悪役の青龍によって桜の花が咲かなくなった都の神木をよみがえらすために、美玖姫と元白狐であった佐藤忠信が、大正100年から平安時代、古代の時空を駆け巡りつつ戦うという物語である。

 第一の演目として『超歌舞伎のみかた』がある。歌舞伎俳優の中村蝶紫さんと澤村國矢さんが素顔のままあらわれて、見所を説明したり、お客さんを舞台に上げて映像テクノロジーを紹介する。二人とも普通の会話で楽しみ方や掛け声のタイミングなどを紹介するのだが、蝶紫さんの所作がときおり歌舞伎の女方の演技となる。口上でのお辞儀のあとに瞼をパチパチとまばたきしながら伏し目に視線を落としていく、同時に頭や肩が恥ずかしそうなそぶりを見せる。羽織袴の素顔の男性から「女性」を感じ取った瞬間、カッコいいなと素直に感激した。

 二つ目の演目は『當世流歌舞伎踊(いまようかぶきおどり)』という新作舞踊。出雲の阿国を演ずる初音ミクがスクリーンで踊るわ、女性の女歌舞伎衆もでてきて華やかに踊りを繰り広げる。ここでは國矢さんの大きな目にくぎ付けになった。踊りながら遠くを望む國矢さんの瞳のなかに踊りが象徴している山や森、海の景色が私にも見えた。うまい落語を聞いているとその場面に身を置いているような臨場感におちいるが、それ以上に、テレパシーかなんかで視覚がつながっているような錯覚をした。

 その後は伝統的な歌舞伎の演技が披露される。花道を飛び跳ねながら走り去ってゆく獅童さんの「狐六法」はキレイで惚れ惚れとする。人間が身体の動かし方によって物語を伝達できる芸術があることを再認識させられる。

 そして、演目終盤の劇場はパンクロックコンサート会場のような雰囲気に一転する。悪役青龍を成敗した忠信は、こぶしを振り上げながら会場席の通路を赤い衣裳のまま駆け回り、その後は映像の美玖姫と一緒に大凧にのって観客の頭上を飛び回りながら、「いけますか」「いけますか」「2階のお客様お待たせしました、いけますか」「3階のお客様もおまたせしました、いけますか」「いけますか」と叫びながら会場を盛り立てていく。忠信が舞台に戻ってきたところで紙の桜吹雪が吹き上げられて、獅童さんが「写真撮ってもいいです」との一言で会場のほぼ全員が頭上高くにスマホを持ち上げて舞台の写真を撮りはじめる。観客参加型といわれる超歌舞伎の真骨頂がここにある。

ⒸNTT・松竹P/Ⓒ超歌舞伎
 

言語や世代の壁を超えるIRコンテンツとしての歌舞伎の魅力


 「特定複合観光施設区域整備法施行令案」には、MICE施設と魅力増進施設、送客施設、宿泊施設という4つの中核施設の整備が求められている。魅力増進施設とは、「我が国の魅力の増進に資する劇場、演芸場、音楽堂、競技場、博物館、美術館、レストランその他の施設とすること」とされており、「増進施設がその誘客効果を維持・向上させる仕組み」となるように工夫しろという内容だ。日本特有の多様なコンテンツを一つの効果的な見せ方によって幅広く魅力発信するか、もしくは固有のコンテンツを多様な見せ方を駆使して魅力発信するかのいずれか一方で、飽きられないように誘客を続けていくことが求められている。具体的なコンテンツは地方自治体とIR事業者にゆだねることとなっており、もちろん歌舞伎はコンテンツの最大有力候補の一つと言えよう。

 私がはじめて歌舞伎を観劇したのは、アメリカ留学時にワシントンDCにあるケネディセンターでみた市川猿之助さんのスーパー歌舞伎だ。感動した。猿之助さんが空中を舞う演技にも感動したが、それよりもアメリカ人のお客さんが心から楽しみ、敬意を表している姿に感動したのだ。翻訳イヤホンなんてなかったが、外国のお客さんは本物の磨き上げられた演技を感じ取っていたのだと思う。

 高度なテクノロジーといえども、スクリーンに映し出された絵と歌舞伎俳優が共演するなどしたら舞台が台無しになるというような意見が従来の伝統歌舞伎ファンの中にあると聞いた。確かにそうかもしれない。しかし、私が超歌舞伎を見た感想は、歌舞伎俳優の卓越した演技が、新しい取り組みにつきものであるリスクを消しているというものだ。観客参加型の超歌舞伎は、演劇場に来場するハードルを低くし、若い層や外国人にも親しみやすい環境をつくる潜在力があると思う。外国語イヤホンや説明の字幕などをうまく活用することで、事前知識がなくても楽しめる演劇を作ることができるはずだ。

 なにより、中村獅童さんの熱演を観て、新しいものを生み出そうとする情熱を感じた。超歌舞伎は2016年から幕張メッセで上演されていたが、今回初めて伝統的な歌舞伎演劇場で公演されることになったという。獅童さんはじめ関係者のみなさんの努力に敬意を表すとともに、これからも、日本人・外国人の多くの人が歌舞伎を楽しめるきっかけを工夫していただけると期待している。

八月南座超歌舞伎
https://chokabuki.jp/minamiza/
(公演は終了しています)  
 
著者:大谷信盛

大阪商業大学アミューズメント産業研究所客員研究員、元衆議院議員。
1962年生まれ。米ジョージ・ワシントン大学にて修士課程修了後、ワシントンで政治コンサルタント会社勤務、帰国後は政党本部勤務を経て2000年に衆議院議員に初当選。現在は大阪商業大学で統合型リゾートの経済性やギャンブル依存対策に関する海外事情を研究している。主な論文に『「ギャンブル等依存症対策基本法」とニュージランド法制の比較研究(2019年)』『カジノ従業員向け研修とギャンブル障害の最小化(2018年)』などがある。