9ヶ月の遅れは追い風か? 苫小牧は北海道IRをあきらめない

大谷イビサ(JaIR編集部)

 2019年11月の鈴木直道知事の見送り表明以来、IR誘致レースから離脱した北海道。しかし、新千歳空港至近の候補地を抱える苫小牧市では今も誘致活動を継続している。新型コロナウイルスの影響で区域認定申請が9ヶ月もずれた結果、北海道のIR誘致復活の可能性はあるのか? 苫小牧市の岩倉博文市長と苫小牧商工会議所 藤田博章名誉会頭に話を聞いた。(聞き手:JaIR編集委員・玉置泰紀 以下、敬称略)
苫小牧市の岩倉博文市長(左)、苫小牧商工会議所 藤田博章名誉会頭(右)
 

環境への影響調査はすでに済んでいるという認識


―現時点で北海道はIRの誘致に手を挙げていません。2019年末、鈴木直道知事は「環境アセスメントが間に合わない」とコメントし、これをもって北海道は今回のIR誘致を見送りにしている状態です。

岩倉:確かに知事は「IRには関心を持っているが、環境への影響を調べるアセスメントが時間的に間に合わない」といった旨の答弁をしました。

しかし、新型コロナウイルスの影響で、申請期間は9ヶ月も後ろにずれています。われわれは、地権者による現地調査を踏まえ市の予算で環境影響調査を評価し、その内容をレポートとして道庁に提出しています(苫小牧国際リゾート構想環境影響評価調査結果報告について)。事業者に自主的アセスメントを求めていくということはあるかもしれませんが、課題にしていた環境への影響に対する苫小牧市の考え方は道庁にすでにお伝えしているという認識です。

―レポートを読ませてもらったのですが、基本的に影響はないという認識でしょうか?

岩倉:はい。環境への配慮をした開発は十分可能であると認識しています。もともと苫小牧市は昭和48年から「人間環境都市」を目指すべき都市像として総合計画で定めているまちです。もちろん当時の環境概念と今とで違うところもありますが、環境については非常に重きを置いていますし、これからもしっかり対応していかなければならないという考え方です。

藤田:自然との共生については、苫小牧市が行なった現地調査の結果、北海道と苫小牧市で自然環境対策への考え方が共有されています。自然との共生という他都市にはない北海道らしいIRが実現できるものと考えています。

―続いて苫小牧の経済界としては、おととしの取材(関連記事:主役はあくまで北海道 道内観光の起点を目指す苫小牧のIR戦略)以来、どのような活動をしてきたのか教えてください。

藤田:はい。道内他都市の企業や経済団体に向けては、改めてIRの意義や効果について説明し、理解の促進に努めてきました。また、国やIR事業者の動向に関しても、情報収集に努めるとともに、北海道や苫小牧市にも情報共有しています。中長期の北海道経済、観光振興を検討するため、これまでの課題の整理と新たな環境下における対応についてとりまとめました。

―IRの成功に向けては、やはり市民の理解が欠かせないと思うのですが、地元での反応はいかがでしょうか?

藤田:新型コロナウイルスの影響で道内の経済が大きなダメージを受ける中、北海道IRに期待する声は、ますます大きくなっていると感じます。アフターコロナを見据えた動きが本格化する中、官民一体で北海道経済を盛り上げていかなければならないと考えています。経済・観光振興策を元に関係企業や団体のネットワークを強化することにより、北海道全体への波及効果を最大限に発揮できると考えています。
 

良質な雇用のためにも北海道には「新しい装置」が必要


―改めて苫小牧市がIRにチャレンジする理由や背景について教えてください。

岩倉:北海道は47都道府県の中でも、人口減少が顕著です。苫小牧市もご多分に漏れず6年前から人口減少に陥っています。私も、こうした人口減少時代のキーワードは雇用であると長らく発信してきました。良質の雇用の場をいかに作れるかが、一つの大きなチャレンジテーマです。

私が市長になってすでに14年目になりますが、市長になってすぐに取り組んだのがいわゆるMICEでした。当時、IRはまだ国交省の政策に入る前でしたが、MICEについてのワーキンググループを作り、その後IRに取り組んで今日に至っています。

藤田:人口減少は深刻です。子供たちは高校や大学を出ても、ほとんどが東京に行ってしまいます。いったん東京や大阪に就職が決まると、ほとんどの人たちは地元に帰ってきません。親御さんも悲しんでいます。

この理由の1つは雇用が少ないこと。そこで、なんとか大きな事業を持ってこようというのが、われわれ経済界の悲願です。IRに期待するのも、こうした雇用の受け皿としての役割です。

―苫小牧市というと工業のまちというイメージがあるので、IRでの雇用となると新しい分野ですね。

岩倉:北海道は前知事の時代から、観光と一次産業を柱とした経済政策を推進してきました。従来の苫小牧は新千歳空港から訪れる観光客からすれば、通過されるまちであり、滞在型の観光地になれませんでした。これは長年の大きな課題と言えるでしょう。

―苫小牧市としての強み、候補地の魅力を教えてください。

岩倉:新千歳空港の約1/3は苫小牧市の行政区域であり、海の入り口としては、全国で4番目の海上取扱貨物量を誇る苫小牧港を擁しています。われわれはこの「ダブルポート」の強みを活かした国際リゾート構想を掲げており、この構想の1つの中核がIRになります。

さまざまな角度から研究・検討した結果、この国際リゾート構想の候補地を臨空地区の植苗ゾーンに絞り込みました。植苗ゾーンは土地の所有者も一件だけで、開発もしやすく、空港にも近い。国際リゾート構想の用地としては最適だという結論に至っています。

―国際リゾートの目的はやはり雇用ということですね。

岩倉:良質な雇用の機会をもっともっと作っていくことです。苫小牧だけではなく、北海道からは観光分野の多くの人材が本州に流出しています。ですから、道内で新しい雇用の場を作っていくのが重要。今のままの装置では北海道は十分ではない、新しい装置を作っていかなければならないという危機感に突き動かされ、今日の統合型リゾートの取り組みに至っています。

―北海道でのIRの優位性やメリットを教えてください。

岩倉:私たちは長らく「苫小牧IR」ではなく、「北海道IR」という名前を使ってきました。北海道ほど春夏秋冬がはっきりしている地域でのIRは、世界中でもそれほど数多くありません。そこが北海道IRの強みです。

しかもそれが新千歳空港から車で10分かからない臨空ゾーンで実現できます。ご存じの通り、新千歳空港は国内外への離発着も多く、地政学上も有利な場所に位置しています。この臨空ゾーンでの国際リゾートは、日本の観光産業を成長させていくための大きな貢献ができると考えています。
 

申請期間が9ヶ月遅れたのは追い風


―新型コロナウイルスの影響で、区域認定申請の締め切りが後ろになりました。この遅れは苫小牧市や北海道のIRにどのような影響を与えるでしょうか?

岩倉:9ヶ月遅れたのはわれわれにとっては追い風です。苫小牧市が申請権を持っているのであれば、すぐにチャレンジします。ただ、申請権者はあくまで道。道は道のモノサシを持っているので、今は難しいという判断があるようです。

しかし、今のIRは海外オペレーターでないとできないプロジェクトです。せっかく複数のオペレーターが関心を持っているにも関わらず、ゴタゴタしていると、意欲を削いでしまうことを危惧しています。

藤田:新型コロナウイルスの影響は甚大ですが、IRの申請期間が延長になったのは北海道に大きなチャンスが訪れたものだと認識しています。道内経済回復の起爆剤になるものになるものだと期待しています。

-IRに関しては道庁の理解も進んでいるとお考えですか?

岩倉:確かにさまざまな紆余曲折があり、以前は道庁との連携が課題でした。しかし、人事異動が終わり、2020年4月以降は道庁とは非常にいい関係で作業を続けてこられました。担当者レベルではかなり理解を深めてもらっていると思います。

ただ、IRは政治判断が必要なプロジェクトです。市民の理解や議会の合意形成はもちろん重要ですが、基本的にはトップダウンで進めないと難しい。日本で初めての立法措置を伴う大型プロジェクトになりますので、私自身もトップダウンでこのプロジェクトは進めてきましたし、鈴木知事には最終的には知事の決断が必要ですというお話をさせていただいたこともありました。


手を挙げるのは最高のタイミングだが、最後は知事の英断が必要


―北海道が再度IRに手を挙げる可能性はあるのでしょうか?

岩倉:私の立場で申し上げられることはありません。ただ、道庁に申し上げているのは、今回、仮に北海道が選定されたとしても、実際にオープンできるのは7~8年後ということです。アフターコロナの動向を考えると、手を挙げるのに今が最高のタイミングだと思っています。

鈴木知事は12月の道議会で「将来的なIRの検討は不変である」とコメントしており、苫小牧市の話もきちんと聞くと言ってくれています。

藤田:道議会における知事のIRに関する発言も、以前より前進していると捉えています。来年度に向け、IRに関する予算措置を行い、さらにIRを前に進めてもらえるものと考えています。われわれの取り組みは北海道全体のためになるものだと確信しているので、知事の英断をお待ちしております。

―最後、北海道IRへの想いと知事へのメッセージをお聞かせください。

岩倉:私は北海道で生まれ、北海道で育ち、北海道で骨を埋める道産子です。そんな地元の人間が、これからの北海道を考えたとき、できるだけ早く新しい装置を作ることが必要だと考えています。その1つがIRです。ぜひ知事には「ご英断をお待ちしています」と伝えたいです。

関連サイト
統合型リゾート(IR)苫小牧市
http://www.city.tomakomai.hokkaido.jp/kanko/resort/rizoto/